フリーとジョンのジャムセッションで始まった,忘れられない夏の日
今週のお題「赤いもの」
そろそろ開演時刻を回ってから15分が経つ。
BGMの曲が終わるごとに,聴衆は期待の歓声を上げるが,しばらくしてから次の曲が流れ出すと,再び沈黙する。
2006年7月29日。
聴衆は,フジロック中日のヘッドライナー…恐らくこの年のロックフェス全体のハイライトになるであろうバンドの登場を待っていた。
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前作「バイ・ザ・ウェイ」が日本のヒットチャートでも上位にランクインし,アメリカのアンダーグラウンドなオルタナバンド的な立ち位置にいた彼らを一気にメインストリームへ押し上げた。
その勢いは06年に新作「ステイディアム・アーケイディアム」をリリースしてからさらに加速した。
何しろ初の全米No.1に加え,日本のオリコンチャートでも1位だ。洋楽の2枚組アルバムとしては史上初の快挙だと言う。
どんなに客観的に見ても,日本における「レッチリ熱」が沸点に達したのは,この2006年夏だと言う見方は間違っていないだろう。
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そんな夏の主役の登場を待つ,フジロックのグリーンステージに私たちは立っていた。
昼間に降った雨は既に止んでいたが,たっぷりと水分を含んだ地面は泥土と化していた。
まとわりつく泥濘に脚を取られながら,その生温かさにひっそりと耐えながら,バンドの登場を待つ。
初めてのフジロックだ。
「レッチリが来る!」
それは参戦理由としては十分過ぎる程正当なものだった。
当時私は大学新卒。
微々たる給料から遠征費を捻出し,夏前からキャンプ道具を中心とした準備を始めた。
飛行機と新幹線,シャトルバスを経由して片道6時間の旅の末,ようやく辿り着いた苗場の地だ。
まだか。
じわりと汗が滲んでくる。
ふっと目を閉じた瞬間とステージが暗転したタイミングが同じだった。
初めは,何が起きたか分からなかった。
聴衆の地鳴りのような声が響き,目を開けた。
真っ暗なステージ上に目を凝らすと,人影が見えた。
二つ。
その二つの影は互いに向き合い,最初の音を出した。
その瞬間,ステージ上に光が灯り,二つの影を映し出した。
フリーと,ジョン・フルシアンテ!
二人はステージ上で向かい合いながら,セッションを始めていた。
フリーの無骨でファンキーなベースと,ジョンの壮絶な早弾きが絡み合う。
唸るようなセッションは,次第にはっきりした音の輪郭を帯びていく。
そして,聴衆は,そのイントロが何かを知った瞬間,悲鳴とも歓喜とも思える叫び声を上げ出した。
「キャント・ストップ」!
もう既にグリーンステージは狂乱の渦だった。
私も何度も泥濘に脚を取られ,誰かの足に踏まれ,膝下は泥だらけだったが,そんなのお構いなしに跳ね回っていた。
ステージ奥からボーカルのアンソニー・キーディスが現れたらもう,本当に止まらなかった。
その後の記憶はほとんどない。
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ここに一枚のアルバムがある。
レッチリ最大のヒットとなった,「カリフォルニケイション」である。
今回の「赤いもの」というお題から「赤いアルバムジャケット」を連想すると,すぐにこのアルバムジャケの,真っ赤な空がプールに映った不思議な風景が思い起こされた。
私が初めて買ったレッチリのアルバムだ。
フリーの跳ねるようなファンキーなベースプレイが印象的な「アラウンド・ザ・ワールド」や,ジョンの"泣きの"ギターが炸裂する名曲「スカー・ティッシュ」など,レッチリの代表曲が数多く収録されている。
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今回当ブログで紹介した3枚のアルバムは,レッチリのディスコグラフィーの中で私が特に気に入っている3枚だ。
どのアルバムも,ギターはジョン・フルシアンテが担当している。
レッチリはギターの入れ替わりが激しいバンドだ。
初代のヒレルから,ジョン・フルシアンテ,デイヴ・ナヴァロ,ジョシュ・クリフホッパーと四人ものギタリストが在籍してきた。
ヒレルのプレイについてはよく知らないが,デイヴとプレイしているレッチリは重厚でメリハリがある。
ジョシュは堅実だ。バンドに安定感をもたらす。
ジョンのギターは叙情的だ。
ジョンのギターは,バンドが歩んできた挫折と再生の物語を鳴らしている。
そのコーラスもまた,彼らの物語を伝えるのに一役も二役も買っている。
レッチリのギターばジョン。
2000年代に青春を過ごした私たち世代のレッチリファンにとっては,そのような印象ではないだろうか。
ジョンが在籍した10年の間にリリースされた3枚のアルバムはいずれもタイムレスな輝きを放っている。
そして,2006年7月29日のあのグリーンステージでの狂乱も。
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あの日,演奏が終わった後,メンバーは一人一人,聴衆に手を振りながらステージを後にして行った。
ジョンが去った後,ステージ上で一人になったフリーは,おもむろに逆立ちを始め,しかもそのまま手で地面を踏み締めながら去って行った。
割れんばかりの拍手の中を。
なぜ逆立ちだったのか?
いまとなっても謎は解けない。
赤いジャケットと,あの夏の日の鮮烈な記憶と共に。