音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

スリルと情緒の「アダプト」

UNIQLOの黒スウェットパンツ,+Jの黒パーカーに最近購入したグリーンのノース・フェイスのキャップを被る。

 

ダントンのショルダーバッグには財布とスマホ,イヤホン,定期券と文庫本だけ放り込み,玄関のドアを開けた。

 

春先の冷気が一瞬で全身を包む。

スマホで確認すると気温は4℃だ。

インナーはヒートテックにして正解だな,と思う。

眼鏡がマスクから上がってくる吐息で,すぐに白く曇った。

 

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最寄駅から電車に乗り込む。

時刻はまだ朝5時半。

この電車なら,博多駅には6時過ぎに到着するだろう。

 

博多駅から徒歩5分の明治公園に自転車を預けている。

駅から職場までの距離が長かったので,年度途中で徒歩から自転車通勤に切り替えたのだった。

勤務地が変わるため,自転車を次の勤務地の最寄駅に移動させなくてはならない。

 

私の前勤務地は,駐車可能台数が限られている上,朝夕は渋滞に巻き込まれるため,敢えて電車+徒歩or自転車通勤を選択していた。

 

異動を控えた昨年10月ごろ,次の勤務地には車通勤にしたいと考え,知り合いのディーラーから新車の契約をしていた。

しかし,折からの半導体不足のため,2月と言われていた納車は3月末になり,5月になり,今では本当に5月に来るのかすら疑わしい

 

そのため,新年度になっても不本意ながら電車+自転車通勤を継続せねばならないのだ。

 

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そういうわけで,6時過ぎに博多駅到着。

明治公園下の駐輪場も利用は今日が最後だろう。

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ビルの谷間にある猫の額のような公園だった。

地下が駐輪場になっており,出口の隣にとんこつラーメンの名店「一幸舎」があり,芳醇な香りに誘われて, 暖簾をくぐったことも一度や二度ではない。

 

定期契約が昨日までで切れていたため,管理人さんに

「一晩分の代金払います。」

と申し出たのだが,

「その分はいいですよ。新しい勤務地でも頑張ってください。ご利用ありがとうございました。」

と,柔和な笑顔で送り出してくれた。

 

明治公園を後にして,北へ進路をとる。

三年勤めた職場との訣別がようやく実感として湧いてくる。

 

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思えば,前職場での三年間はそのまま,コロナに振り回され続けた三年間だった。

異動初年度の年明けから流行が始まり,緊急事態宣言を受けてリモートワークが始まった。

 

宣言が明けてからは,出勤できるようになったが,感染状況によって対応が変わり,そのたびに計画の練り直しを余儀なくされた。

 

加えて,感染予防のため飲み会等は全てカットされた。

もともと,私は育児が忙しくてなってからはあまり出席できていなかったが,それでも節目の会くらいは出たいと思ったきた。

しかし,コロナでそんな機会もないため,ここ二年で異動してきたメンバーは,マスクの下の素顔もよく知らないといった状況だった。

 

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約25分自転車をこいで,次の勤務地の最寄駅に到着した。

近くにある定期利用駐輪場に自転車を預け,地下鉄の駅に降りる。

 

イヤホンからはサカナクションの新作「アダプト」が流れてきていた。

「アダプト」は,二部作の一作目となるコンセプトアルバム。

「適応」という意味があり,コロナ禍への適応と思ってもらっていい,と山口一郎はインタビューで語っていた。

 

冒頭のインストナンバー「塔」。

2曲目はレイドバックしたスローなナンバー「キャラバン」。

 

なんだかカフカの「城」を思い出させる曲名と雰囲気だ。

 

長旅の末たどり着いた城壁に囲まれた街で,一刻も早く登城したい主人公は,怪しげな住民たちに阻まれて結局とどまり続けるしかないストーリーが記憶の底からむくりと起き出してくる。

 

得体のしれない病原菌に支配された,おどろおどろしい現世の不安を象徴しているとも読み取れるかも。

 

4曲目の「プラトー」では,一転してひりひりとした緊張感のある展開に。

曲中から入ってくるカッティング・ギターは初期のアークティック・モンキーズを彷彿とさせる,小気味いいリズム。

 

この夜は

目を閉じて見た幻

いつか

君と話せたら

 

君が今感じてる

この雰囲気を

いつか

言葉に変えるから

 

プラトー

 


www.youtube.com

 

掴みどころのない「雰囲気」をも,言葉に変えて乗り越えていこうとする主人公の強い意志を感じる歌詞。

スリルに満ちた,これ,名曲の予感。

 

 

7曲目「シャンディガフ」は,いい意味で力の抜けたナンバー。

緊張感のあった前2曲から対照的に,リラックスした雰囲気に包まれる。

 

私は思うのだけど,名盤と呼ばれるアルバムは大抵,アップテンポナンバーとスロウなナンバーのバランスが優れている。

 

アップテンポばかりだと疲れるし,逆にスロウが多すぎても間延びしてしまう。

 

このバランスは結構難しいのだが,「アダプト」はそこらへんの匙加減が絶妙なのだ。

 

ついでに言うと,スロウなナンバーにもセンスが必要で,私は平板な歌は好きになれないのだけど,この「シャンディガフ」からはしっかりと「情緒」が感じられる。

 

ベタベタのではなく,あくまでもさりげなく。

 

いいセンスをしているなあ,と思いながら,電車を降りてコメダ珈琲へと続く道を歩いていた。

 

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「アダプト」はおそらく,5年くらいしたら名盤の評価を得るに至っている,と思う。

 

来年出るって言われてる二部作の二作目「アプライ」(応用)も楽しみだな。

コメダで朝食のホットドッグを頬張りながら,来る新作にも思いをはせた。

 

その前に新年度だ。

今年こそは,新天地でもっといい仕事するぞ。

だってほら,「アダブト」(適応)していきますから,ね。

きっと。