音楽と服

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レッチリの「次」を直近2作品から占う

 レッチリの新作が出るそうな。

 

お恥ずかしいことに,全然動向を把握しておらず,普段から交流させていただいている,トビウオギタオさんのブログを読んでから知った。

 

「rockin'on.com」を確認すると,なんと7月25日に記事が出ていた。もう1ヶ月くらい前になる。

ニューヨーク駐在ライターの,中村明美さんの「ニューヨーク通信」には,以下のようなバンドの声明文が出ていた。

 

これまでもそうだったように,俺達は,自分達がバンドとしてなにかを探求していた。

楽しいから,ジャムをしたり,昔の曲を思い出しながら演奏したりしていたら,すぐに新しい曲ができ始めて,バンド内で美しい化学反応が起きて,音とビジョンが生まれてきたから,それを掘り続けた。止める理由もなかったんだ。

それは夢みたいで,結果どうすればいのか分からないくらいの曲が誕生した。

それで考えて,2作目の2枚組を出すということにしたんだ。」

「rockin'on.com」7.25 中村明美の「ニューヨーク通信」

 

この記事を読んでいると,現在のメンバーの関係が極めて良好であることがうかがえるし,ギタリストのジョンが復帰したことは,バンドにもよい影響を及ぼしているようだ。

 

レッチリは,今年4月に6年ぶりのオリジナルアルバムをリリースしたばかりだった。

 

sisoa.hatenablog.com

 

4月に出た「Unlimited Love」についてのレビューをそのうち書こうと思っていたけど,そのうちと思っているうちにもう新作の一報を聞くことになるとは。

 

今回の記事では,レッチリの直近2作品についての分析から,来るべき新作を占っていこうと思う。

 

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「Unlimited Love 」(2022)は「安住の地」へ還ったアルバムだった

 

まずは4月にリリースされた「Unlimited Love」。

 

この作品は,ギタリストのジョン・フルシアンテがおよそ10年ぶりに復帰した作品として注目された。

 

「Unlimited Love」ライナーノーツより引用


ジョンの復帰について,ベースのフリーは,インタビューに以下のように答えていた。

 

フリーはラジオ局KROQの取材で,ジョンがバンドに与える影響について,「俺達は全員が同じ言語を話す。だからジョンがバンドにいると,言葉を交わさずにお互いがコミュニケーションできて,流れ出る感じでどんどん曲が作れるんだ」と言っていた。「ブラック・サマー」は,まずジョンの演奏で始まり,そこに彼らが演奏を加えて行って,最後にアンソニーが歌詞を乗せるという従来通りの方法で作られたそうだ。

「Unlimited Love」ライナーノーツより引用

 

まず,冒頭に紹介したバンドの声明文と同じような内容だと考えていいだろう。

 

レッチリとは,フリーが語るようにジャムの中で化学反応が起き,そのエネルギーが曲作りに直接反映されるバンドだ。

だから,メンバー間の関係がいいときには,どんどん作品ができてくる。

 

この「Unlimited Love 」はジョンの復帰ばかりが注目されたが,実は2作ぶりにリック・ルービンをプロデューサーに迎えた作品でもある。

 

リック・ルービンとレッチリの関係は誰もが知るところだ。

バンドを世界的に有名にした「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」をはじめ「カリフォルニケイション」「バイ・ザ・ウェイ」などの代表作は全てリックのプロデュースによるものだ。

 

リックはレッチリのメンバーのよさを引き出そうとするプロデューサーだ。

彼らがジョンとフリーのジャムによって曲を生み出していく過程をよく知っているので,そこで生まれる化学反応を重視した。

 

結果としてライヴ映えのする素晴らしい楽曲も多く生まれた。

紹介している「Here Ever After」は,ごつごつした岩のようなフリーのベースソロからスタートし,ジョンが奏でる流麗なメロディーラインが印象的な佳曲。

 


www.youtube.com

 

こういう曲を聴いていると,「バイ・ザ・ウェイ」(2002年)を思い出す。

アンソニーも気持ちよさそうにラップを口ずさみ,4人は戻るべきところに戻ってきたんだなあという感慨を抱かずにはいられないナンバーだ。

 

しかし,アルバムをトータルとして聴くと,後半はやや冗長になってしまっている印象は拭えない。

もともとアルバムのボリュームは多いのが彼らの特徴ではあるが18曲77分(日本盤ボーナストラック含む)は長すぎる。

 

来るべきところに戻ってきたことは,最初の5曲で十分に確認できる。

 

ジョンの復帰と,リック・ルービンの再起用ということで,「安住の地」に還った彼らは,きっと創作の喜びを抑えきれなかったのだろう。

 

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「The Getaway」(2016)は変化を求めたアルバムだった

ところで,ジョンが復帰する前はどうだったのかというと,2016年に「The Getaway」という作品が出ていた。

「The Getaway」ライナーノーツより引用

このアルバムは勿論,ジョン・フルシアンテの不在時(2009年~2019年)に制作された。

 

はい,はっきり言います。

私はこのアルバム,かなり好きです。

「カリフォルニケイション」の次か,一番でもいいかも。

 

この時期のギタリストはバンドのサポートから正式メンバーとなった,ジョシュ・クリングホッパー。

アルバム「The Getaway」はジョシュ加入後2作目のアルバムだった。

 

このアルバムのライナーノーツには,ジョン脱退後のバンドの様子が次のように書かれている。

 

ジョンはバンドにとってかけがえのないギタリストであると同時に,ファンからも熱烈に支持されていた。だからレッチリの黄金時代は,ジョンとともにあったと言ってもよいだろう。

ただ,ジョンと別れたことによって彼らが新しく得たものがある。それは『アイム・ウィズ・ユー」に明らかに現れていた。ジョンの天才的なギター・サウンドによって埋め尽くされてしまっていたスペースに空きができたことで,他の3人が以前よりも自然に呼吸できるようになり,3人とジョンが生み出してきた音に心から敬意を払いながら若いエネルギーを注ぎ込むジョシュと楽しくジャムする中で,非常に健康的なケミストリーが生まれたのだ。その意味で,前作はレッチリ再生のアルバムだった。

「The Getaway」ライナーノーツより引用

 

ジョシュは自己主張の強いギタリストではない。

ジョンは天才的なメロディ・メイカーで,もう一人の天才ベーシスト・フリーと(自覚せずとも)バンドのイニシアチヴを奪い合うような関係性だったのに対し,ジョシュはあくまでバンドの一機能としての役割を全うしようとしていた。

 

そんなジョシュのスタイルに,他のメンバーも最初は戸惑っていたが,やがてそれぞれの役割を再確認し,再びバンドに新しい化学反応が生まれたのが,この「The Getaway」というアルバムだ。

 

ジョシュの功績ともうひとつ,忘れてはいけないのが,この作品をプロデュースしたデンジャー・マウスの存在だ。

デンジャー・マウスとのアルバム制作の様子が,「ロッキング・オン」に書かれていた。

 

レッチリは,過去の自分を模倣するのではなく変わることを選んだ。プロデューサーがリック・ルービンからデンジャー・マウスに代わり,さらにミキシングにナイジェル・ゴドリッチを起用した。バンドの意思を何でも受け入れてくれ,バンドにとって心地よい環境を整えてくれるルービンに代わり,馴染みのない若手を起用し,あえて軋轢の中で作業することを選んだ。これまで作り溜めてきた曲をデンジャー・マウスにすべてダメ出しされ,仕方なくいちから曲を作っていったというエピソードが最高だ。(中略)

その成果ははっきりとアルバムに表れている。ライヴ的なエネルギーを重視した開放的なバンド・サウンドというよりも,これまでになく密室感の強い音作り。音数が少なく,シンプルで無駄のないアレンジと響きを重視した空間的なサウンド・プロダクションは,同じデンジャー・マウスがプロデュースしたベックの「モダン・ギルト」に通じるものがある。

text by 小野島大 「rockin'on」2017.1より引用

 

デンジャー・マウスが得意とするのは,文中にもあるような「密室感の強い音作り」。

非常にタイトで,洗練された音作りをするのがデンジャー・マウスだ。

 

言及されているベックの「モダン・ギルト」は2000年代後半にリリースされた作品だが,私はこの作品はベックのディスコグラフィーの中でも1,2を争う傑作だと思っている。

 

音数をできるだけ減らし,アレンジよりも楽器の生音や声の響きを重視した音づくりへの追求により,40分という短い時間ながら非常に聴き応えのある作品となった。

この「モダン・ギルト」によって,曲作りの新たな可能性を見出したベックは,その後「モーニング・フェイス」「カラーズ」といった2010年代を代表する傑作を立て続けに作り上げた。

 

先述のベックでの成功例でも分かるように,デンジャー・マウスがレッチリに対してとったアプローチもまた同じであった。

 

「シンプルで無駄のないアレンジと響きを重視したサウンド・プロダクション」

 

レッチリの面々にとっては,面白くないことも多かったことだろう。

自分たちからすれば,10歳以上年下の「小僧」から何度もダメ出しを受けるわけだから。

 

しかし,アーティストとしての成長を考えれば,このような「方法」はあながち間違いとは言えない。

己の実績の上に胡坐を掻いていては,そのうち「裸の王様」になり果ててしまうことは目に見えているのだから。

 

「The Getaway」に収録されている「Go Robot」を聴いて頂ければ,デンジャー・マウスがいかにシンプルな音作りを心がけているのか伝わるはず(MVは癖が強いが笑)。

 

ジョシュのギターも波間からたまに顔を出すように巧みにサウンドの波を泳いでいる印象。

 

 


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では,新作はどうなるか?

 新作リリースは10月らしい。

ジョン復帰後2作目となる新作はどうなるだろう。

 

メンバーが語るには,二枚組の大作となる予定だという。

 

ヒントは,デヴィッド・ボウイのラストアルバム「★」だろう。

ボウイのこの作品は,10年ぶりの復帰作後の2作目で,以前タッグを組んでいたプロデューサー,トニー・ヴィスコンティと再び手を組んでからの2作目でもあった。

 

さらにボウイは,この「★」で,ジャズを大胆に取り入れたサウンドで見事に「死」という自らのテーマと向き合い,有終の美を飾った。

 

ボウイのように,勝手知ったるプロデューサーと共に新たな試みにチャレンジしていけば,新作はきっと素晴らしいものになる。

 

フリーやジョンがいい意味で切磋琢磨し,そこに新たなバンドのケミストリーが生まれてくれば。

 

一つ言えることは,変化を恐れないことだ。

 

常に新しい刺激とともに化学反応を起こし,成長してほしい。

 

だって,彼らの名前は「レッド・ホット・チリペッパーズ」なのだから。