ザ・リバティーンズに関する個人的な思い出
今月の「ロッキング・オン」のヘッドラインに,リバティーンズが出ていた。
何でも,「アップ・ザ・ブランケット」の20周年記念盤が出るということだ。
「アップ・ザ・ブランケット」とは,イギリスのロック・バンドであるザ・リバティーンズのデビューアルバムである。
このアルバムは2002年の暮れに発売されたが,ピート・ドハーティーにカール・バラーという二人のフロントマンが紡ぐ生々しい歌詞と極上のメロディーと,ミック・ジョーンズ(元クラッシュ)によるプロデュースによる粗々しさを残したアレンジにより,折からのポストパンク・リバイバルを加速させた記念碑的な作品とされている。
と,いかにも見てきたように語っているが,このアルバムが発売された2002年当時の私はまだグリーン・デイやハイスタ,スネイル・ランプ,マッド・カプセル・マーケッツなんかのパンク・メロコア,スカコアにのめり込んでいた,冴えない高校生だったので,世界的なシーンには至って無頓着だった。
私が本格的にUKロックにのめり込んでいくのは,2005年のオアシス「ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース」がきっかけなので,残念ながらリバティーンズの全盛期にはリアルタイムで聴いていないのだ。
フジロック’06でのカール・バラー
私がリバティーンズのメンバーとの邂逅を果たしたのは後にも先にもこの一回だけとなるだろう。
初参戦となったフジロック’06だ。
この時には,リバティーンズとしてではなく,別プロジェクトの「ダーティー・プリティ・シングス」として出演を果たしたカール。
モッシュピットエリアで観ていたが,残念ながらこの時私は一度もリバの曲を聴いたことがなかった。
そのため,アンセムである「デス・オン・ザ・ステアー」のイントロが鳴り響いても,狂喜する同行の友人(彼は専らのリバティーンズ・フリークだった)についていけず,エリア最後方の柵に寄りかかり,あろうことか爆音の中昼寝を始める始末。
その後,オアシスエリアでダーティー・プリティ・シングスのトークショーが開かれたので,リバ好きの友人に引っ張られて見学をしに行った。
するとまあ,ダーティー・プリティ・シングスの認知度がそこまで高くなかったのか,集まってきている人もまばら(20数人くらい)で,かなり前の方でカールの顔を拝むことができた。
その時に撮った写真がこれである。
なんとまあ不貞腐れた顔をしていることか。
本国イギリスでは国民的ヒーローなのに,日本ではこの様かとでも言いたげな表情。
ところで,このトークショー時に主催の岩盤(Tシャツメーカー)のTシャツをお買い上げすれば,もれなくカールも含めたメンバーの生サインを貰えるという大チャンスがあったのだ。
当然大のリバ好きを公言する友人は手を挙げるやと思いきや,3500円のTシャツを買うのが惜しいのか,躊躇している。
そうこうしているうちに,定員の5名は早いもの勝ちで決まってしまった。
それでも,考える時間は30秒くらいはあったので,迷わず手を挙げておけば,間違いなくカールの生サインが手に入っていたのである。
この後,友人は
「逸した!一生後悔するであろう。」
と語っていた。
二つの「デス・オン・ザ・ステアー」
フジロックから帰還後,職場の近くのレコード屋で中古CDを漁っていたら,リバティーンズのミニアルバムが1000円くらいで売っていた。
一度きちんとリバの曲を聴いてみたいと思っていた私は,迷わずそのCDを購入した。
このミニアルバムに収録されていた,「デス・オン・ザ・ステアー」は,あの日,フジロックのグリーンステージで直に聴いたにも関わらず,全く記憶に残っていないという曰くつきの名曲である。
いや。超名曲だった。
この曲だけで,ミニアルバム「ドント・ルック・バック・イントゥ・ザ・サン」を買った価値がある。
実は,収録されていた「デス・オン・ザ・ステアー」は新録バージョンで,プロデュースはあのスウェード(90年代初頭にUKで人気を博したロック・バンド)のフロントマン・バーナード・バトラーである。
刹那的なギターリフの幕間に垣間見える英国伝統の哀愁というか切なさのような空気は,やはり彼ならでは。
「デス・オン・ザ・ステアー」はリバティーンズの1st「アップ・ザ・ブランケット」にオリジナルバージョンが収録されているが,こちらはイントロでややもたついている。
パンキッシュで迫力はあるのだが,少し荒っぽ過ぎるきらいもある。
ちなみにこちらのプロデュースは,先述の元クラッシュ,ミック・ジョーンズ。
なるほどねという人選だ。
是非,イントロだけでも聴き比べてもらえたら違いがよくわかると思う。
私は新録バージョンの方が俄然好きだ。
こちらが新録バージョン。
こちらはオリジナルバージョン。
カールのリストバンド
ザ・リバティーンズは,とてもお洒落なバンドだ。
特にピーターの方は,私生活は無茶苦茶だが,そのファッション・センスはロック史上でも群を抜いている。
若い頃のハットを被ってジャケットなどを着崩している姿はマジで様になっている。
最近は激太りしている様子が,英国ゴシップ紙などで出回っているが,本当に格好良かったのだ。
勿論もう一人のフロントマン・カールもかなりのお洒落さん。
ところで,彼の以前のポートレートを見ていて,私にはどうしても腑に落ちないことがあったのだ。
それは,「ロッキング・オン」に掲載された下の写真だ。
ピーターから煙草の火を貰っているカール。
イカした革ジャンの袖から覗くリストバンド・・・。
ん?
なんで?
なんか変じゃない?
革ジャンに,リストバンド?
しかもトリコロール・カラー。
バランスがおかしいでしょ。
クールじゃないでしょ?
お洒落番長のカールが,なぜこんな間違いを?
長らく,これは私の中では英国ファッション史七不思議のうちの一つだった(あと六つに関しては,いつか触れます。六つもあるかな・・)。
ところが,先日,今月の「ロッキング・オン」を捲っていると,唐突にその謎が解けた。
それが,下の写真である。
手前左が,ベースのシド・ヴィシャス。
シドの右手首には,なんと「あの」トリコロールのリストバンドが!
そういうことか!
カールは,あのパンク・ヒーロー,シドがトリコロールのリストバンドをして演奏をしていたことを知っていたのではないだろうか。
英国パンク史の継承の歴史を見たようだった。
リバティーンズ,いつか日本に来てくれるかな。
今度こそは,この目と耳で,しかと「デス・オン・ザ・ステアー」を体感したい。