音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

寒い波止場で聴いた「北極猿」

いつも通り3時に目が覚めた。

 

周囲の景色がいつもと違うことに気づき,ホテルのソファベッドに寝ていたことを思い出した。

 

10月のはじめ,家族で小旅行に来たのだった。

旅行と行っても,家から30分ほどの,毎年のように訪ねている海辺のホテルだ。

家族を起こさないように,洗面所に移動し,歯を磨く。

 

起床してすぐの歯磨きは,数年続けている習慣だ。

風邪予防には効果がある。

 

歯磨きの後そろりと寝室のドアを開け,スツールを移動させる。

早朝に仕事をするのも長年の習慣だが,特に仕事がなくても目が覚めるので,そんな時は本を読むようにしている。

 

朝の読書の供にコーヒーは外せない。

 

確かホテル特製ブレンドがあったはず。

1時間程度読んだ本を閉じ,再びそろりと戸を開け,ティファールのポットにミネラルウォーターを入れ,スイッチを入れる。

 

・・・入らなかった。

 

コンセントを繋ぎ直しても,入らない。

 

壊れてるのだろうか。

 

フロントに電話すれば,代わりのものを持ってきてくれるかもしれないが,まだ5時前だ。

そんなはた迷惑なことをするのは,気が引ける。

 

でもコーヒーは飲みたい。

 

ないなら,買いに行こう。

 

ホテルから歩いて数分のところに,コンビニがあったはずだ。

 

ニット帽を被り,音をたてないように慎重に,クローゼットからカーキのオックスショップコートを取り出す。

 

一昨年無印で買ったものだが,白やボーダーTの上から羽織るだけで,アート書生っぽくなる感じがして重宝している。

 

まだ10月初旬だったが,夏から急に冬が始まったような朝で,ホテルを出ると冷たい海風が吹きつけてきた。

 

ポケットに手を突っ込み,ふと振り向くと,ぼうっとした照明に照らされたホテルが夜空に浮かび上がっていた。

数分かけて細い道を歩き,交差点のところにコンビニがあった。

 

しかし,閉まっていた。

 

どうやら24時間営業のコンビニではなかったようだ。

ついてない。

でも,コンビニ店員も働き方改革しないといけないのはわかる。仕方ない。

 

そんな日なのだろう,おそらく。

 

踵を返して,今きた道を戻る。

 

確か,道端に自販機があった。

せめてもの慰みに,そこで温かい缶コーヒーを買って帰ろう。

 

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やがて自販機が目の前に現れた。

 

しかし,全部「つめたーい」だった。

 

そりゃそうだ。

昨日まで夏だったんだから。

今朝急に冬になって,切り替わってるはずないよね。

 

そんな日なのだろう,多分。

 

諦めて,「つめたーい」エメマンを買う。

本当に冷たい。

ショルダーバッグしか持ってないので,握りしめて帰るしかない。

 

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ホテルの入り口に戻ったら,自動ドアが開かなかった。

 

よく見ると,出入り口に貼り紙がしてある。

 

「防犯のため,22時から6時までは施錠します。」

 

腕時計を見ると,5時半だった。

そうだよね。

夜中も出入り自由だったら危ないもんね。

 

そんな日なのだろう,きっと。

 

仕方ないので,ホテルの裏手にある波止場へ行くことにした。

まだ宵闇で薄暗いが,東の空は少しずつ白み始めている。

 

ベンチに座ると,一呼吸入れて,「つめたーい」エメマンのプルタブを開けた。

 

うん,冷たい。

やっぱコーヒーは熱いからこそコーヒーなのだ。

 

私には,こういう波止場というか,小型の船がたくさん浮いてる船着場を目にすると決まって思い出す映画があって,それは大学の頃観たアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」だ。

 

親友を殺し,財産だけでなく恋人をも奪ったドロン扮するトム。

眩しい陽光が降り注ぐ海岸で,完全犯罪に酔いしれている。

しかし,港では頒布にくるまれた親友の遺体が引き揚げられ,彼の破滅を予感させる不気味すぎるラストシーン。

 

目の前で白み始めている静かな船の上では,無論そのような惨事が起きたことはないだろうけど。

 

コーヒーで温まることもできなかったので,音楽でも聴くことにした。

選んだのは,アークティック・モンキーズの「トランクイリティー・ベース・ホテル・アンド・カジノ」(2018年)。

 

ボーカルのアレックスが,友人からプレゼントされたピアノで作曲したとされる,静かだけど確信に満ちた一曲目,「スター・トリートメント」。

寒い。

 

缶コーヒーは,ただただ冷たい。

 

ベンチに置いたiPhoneからは,一語ずつ噛み締めるように歌うアレックス・ターナーの歌声。

 

以前,2010年代半ばまでのアークティックスについて記事にしたことがあるが,この2018年時点でもかなり激渋に生まれ変わっている四人の風貌。

sisoa.hatenablog.com

70年代のロック・スターのような佇まいだ。

 

アラン・ドロンもびっくりする男前。

 

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夜がもうすぐ明ける。

 

なんで,こんな寒い朝に外で冷たい缶コーヒー飲んでるんだっけ?

 

きっと,そうなることに決まっていたのだろう。

 

そう思うことにしよう。

 

季節外れの寒さの,波止場の朝はちょっと忘れられそうにない。

 


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後日談として。

 

このアルバム,「トランクイリティー・ベース・ホテル・アンド・カジノ」と地続きであるとされる最新作「ザ・カーズ」が先日リリースされた。

 

この最新作は,前作からさらに完成度を高めた,静謐でいて最高のロックを鳴らしている。

 

でも,この最新作を聴くたびに,私は「トランクイリティー・ベース・ホテル・アンド・カジノ」を聴いたあの波止場のベンチの朝を思い出すのだ。

 

そのうち,この素晴らしい最新作についてもレビューしたいと思う。