「ロッキング・オン」年間ベスト新旧比較から紐解くシーンの変遷
毎年年末になると,「ロッキング・オン」が年間アルバムベストを発表する。
セールスや配信だけでなく,シーン全体に及ぼした影響なども加味し,編集部で厳選したトップ50である。
私は20代前半から「ロッキング・オン」を購読し始めて以来,この号を毎年楽しみにしている。
ところで,今年のランキングを見ながら頭に浮かんだのは
「だいぶシーンの淘汰が進んできたな。」
という感想だった。
私が購読を始めた当初のランキングと比べたらどう変化しているのだろう,と手に取ったのが2007年の年間ベスト号。
この年(2007年)は表紙にレディオヘッドが出ていて,年間ベストは彼らのアルバム「イン・レインボウズ」だった。
2007年と2022年。
15年を経て,音楽シーンはどんな変遷をたどっているのか。
ランキングを基に紐解いてみるのも面白そうだと思ったのが,今回の記事を書いてみようと思ったきっかけだ。
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「ロッキング・オン」年間ベスト新旧比較
どれでは多少ネタバレになるが,「ロッキング・オン」による年間ベストの新旧比較(2022年と2007年)だ。
まず2022年の2位にランクインしたのが,レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。
彼らは今年2枚のアルバムをリリースしているが,今年2作目「リターン・オブ・ドリーム・カンティーン」のほうが評価された形だ。
確かにこちらの方がバンドの一体感がより感じられるし,グルーヴがある。
もう一作の「アンリミテッド・ラブ」は15位にランクイン。
ちなみに,2007年のランキングにレッチリの作品がないのは単純にリリースがなかったからで,前年(2006年)のランキングでは「ステイディアム・アーケイディアム」で見事に1位を獲っている。
6位には,アークティック・モンキーズの「ザ・カー」がランクイン。
前作からピアノをフューチャーした作風に大胆にシフトチェンジしており,今回もその路線を踏襲しているが,高い芸術性が評価された形だ。
2007年のランキングでも彼らの作品「フェイバリット・ワースト・ナイトメア」がランクイン。
この作品は彼らの2作目で,前年(2006年)に出た1作目に続いて2年連続の2位であった。
10位にはジャック・ホワイトの「フィアー・オブ・ザ・ドーン」がランクイン。
ジャックもレッチリ同様,今年は2作品をリリースした。
もう1作の「エンタリング・ヘヴン・アライヴ」は38位にランクイン。
2007年の時点では,ホワイト・ストライプス名義の作品「イッキー・サンプ」で3位にランクインしている。
2022年と2007年(2006年),15年の時を経てトップ10の座を維持しているのはこの3アーティストであった。
2007年のトップ10圏内アーティストで,今年(2022年)アルバムリリースがあったアーティストは他にもいる。
2007年の1位,レディオヘッドのトム・ヨークはザ・スマイル名義で夏にアルバムをリリースした。
このアルバム「ア・ライト・フォー・アトラクティング・アテンション」は21位にランクイン。
2007年「ネオン・バイブル」で5位だったアーケイド・ファイヤーは,2022年「ウィ」をリリースして36位にランクイン。
2007年に「ヴォルタ」で7位にランクインしたビョークは2022年,「フォソーラ」をリリースして24位だった。
考察1:時流に乗ったアーティストは賞味期限切れも早い。
私が今年の年間ベストをまず見て
「淘汰が進んでいる。」
と感じたのは,上位常連だったアーティストが下位,もしくはランク外に甘んじている状況を目にしたからだった。
例えば,2010年代半ばのランキングではトップ10圏内に入っていたチェイン・スモーカーズは今春,なかなかの良作(「ソー・ファー・ソー・グッド」)をリリースしたが,トップ50圏外であった。
また,2000年代にはトップ10圏内常連だったカサビアンも,今春復活作をリリースしたが,こちらは45位。
タフなシーンで生き残るというのは,一流アーティストと言えどなかなかに難しい。
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2007年当時は,ポストパンク・リバイバルとニュー・レイヴの狭間の年だが,このころのトレンドとして,ギター・ロックとダンスミュージックの融合があった。
そういう意味で,6位のザ・ビューや8位のクラクソンズは,まさしくトレンドの先端を走る時代の寵児だったわけである。
しかし,2022年現在においては,どちらのバンドも活動を停止している状況だ。
今年のランキングで7位に入ったリナ・サワヤマがインタビューで語った言葉が印象的であった。彼女はこう言っている。
単純に,今流行っているものにインスパイアされたら時代遅れになってしまうということを強く意識しているから,それをひっくり返すのよ。
RINA SAWAYAMSA「rockin'on 01 2023」より引用
彼女の言葉は,シーンにおいて生き残るとはどういうことなのかについて,一つの重要な答えを提示している。
考察2:生き残ったアーティストの共通点
15年の時を経て今でもトップ10圏内に君臨しているアーティストは,つまりその分シーンに対する影響力も維持しているということになる。
2022年現在で言うなら,レッチリ,アークティック・モンキーズ,ジャック・ホワイトということになる。
この3アーティストの共通点は,一言でいうなら「変化」である。
レッチリは,バンドを存続させてくれた功労者のジョシュ・クリングホッファーを脱退させるという痛みを負ってまで,ジョン・フルシアンテとのケミストリーを選び,賭けに出た。
それが奏功したのが今年リリースになった2作品だ。
アークティック・モンキーズは,貫いてきたギター・ロックを封印し,ピアノで作曲するという新たな境地に立って,バンドサウンドを再構築した。
そして,このバンドの表現力は格段に広がった。
2007年当時は当時のポストパンク・リバイバルブームのトレンド急先鋒だった彼らが,今でもシーンの先頭を走り続けているのは,自分たちの表現と真摯に向き合い,形にとらわれずに変化を重ねてきたことが大きいだろう。
ジャック・ホワイトは,様々なバンド形態(ホワイト・ストライプス,ラカンターズ,デッド・ウェザー等々)を経る中で自己の音楽性を見つめ直し,刷新し続けてきた。
「変化」を怖れず,挑戦と前進を続けることは,彼らが今でも多くの音楽ファンに愛されている一つの要因であるのは間違いないだろう。
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それにしても,今年は久しぶりにどっぷりと音楽シーンに浸からせてもらった一年だった。
ただ,今年のトップ10アーティストでまだ聴けていない人たちもいる(THE 1975やらブラック・ミディやら)。
昔の好きな曲もいいけど,新たな「時代の音」にもしっかりと耳を傾けていきたいですね。