妻の誕生祝いに九響のニュー・イヤーコンサートに行ってきた話
九州交響楽団(九響)のニューイヤーコンサートに行ってきた。
クラシックには殆ど縁のない私が,なぜ九響のコンサートに行くことになったのかと言うと,話は1月2日まで遡る。
うちの妻は1月に入ってすぐ誕生日がくるので,昨年も妻の誕生日に向けて「歌うたいのバラッド」の練習をしていた息子の記事を書いていた。
今年の正月に,妻に
「誕生日のプレゼントは何がほしいの?」
と聞いてみると,
「時間がほしい。」
という答えが返ってきた。
男の子が三人いて,共働きの夫婦なので普段は自分たちの時間など皆無に等しい。
だからその気持ちはとても分かるのだが,ではどんな時間がほしいのだろうか?
答えを出すのに,そう時間はかからなかった。
コンサートに行こう。
できれば,クラシックがいい。
妻は幼い頃からピアノをやっていたこともあり,数年前に地域の楽団による小規模のコンサートに行った時も喜んでいたことを覚えていたからだ。
早速「N響」で検索をかけてみる。
NHK交響楽団は,1月9日にニュー・イヤーコンサートをやるようだ。
しかし,場所が長野県上田市…。
これは,無理である。
さすがに三人の息子を連れてこのタイミング(年明け)で長野旅行をブッキングをするのは厳しい。
次に,「九響」で検索をかける。
福岡を拠点に活動する九州交響楽団も,ニュー・イヤーをやっているはずだ。
予想通り,やるようだ。
しかも,場所はアクロス福岡シンフォニーホール。
ここなら車で都市高速に乗れば20分程度で行ける。
チケットを確認すると,S席が15席程度残っていた。
しかし,連番での空きは残り3つほどしかない。
しかも,私がスマホでいろいろと下調べをしている最中にも,席が少しずつ埋まり始めていた。
すぐに義理の母に電話をし,8日午後の子守を打診してみた。
義理の父母ははす向かいのマンションに住んでおり,普段から何かと世話になっている。
男の子3人の世話をお願いするのは心苦しかったが,事情を説明すると快諾してくれた。
義母に礼を言い,電話を切るとすぐにチケットを取った。
S席の15列目。
滑り込みで取った割には,なかなかの上席だ。
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8日(日)の昼過ぎ,義理の父母が訪ねてきてくれた。
子どもたちは午前中公園で遊ばせたものの,昼ご飯を食べた後も絶好調である。
そんなちびっこ・ギャングを3人置いていくのに多少の心苦しさを残しつつ,義父母と子どもたちに笑顔で見送られ,自宅を後にした。
思えば妻と二人で外出は久しぶりである。
先日たまたま二人とも休みの時には下二人を保育園に預け,冬休み中の長男を連れて買い出しに出かけたことはあったが,二人きりとなると一年ぶり以上であることは多分間違いない。
車のエンジンを入れると,スピッツがよりにもよって「おっぱい」を歌っていた。
これから妻と二人でクラシックのコンサートに出かけるのに,これはないだろう。
そんな私の心情をあざ笑うかのように,草野マサムネは
「きみのおっぱいは世界一~」
と歌っている。
妻と他愛もない会話をしながら,できるだけ自然な動作で別の曲に切り替える。
都市高速に乗ると,15分ほどで天神に着いた。
高速を降りる時には,草野は「さすらい」(奥田民生のカバー)を歌っていた。
なかなかいい感じだ。
アクロスの駐車場に停めることも考えたが,出庫の際に手間取りそうだったので,少し距離はあるが大通りの裏にあるパーキングに停めて歩くことにした。
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アクロス福岡までの道を妻と歩きながら,ちょっと行かないうちに天神の街が様変りしていることに驚いた。
天神のメインストリートである渡邊通り沿いに建つ,ランドマーク的な建物だった天神コアとビブレの場所は,閉店に伴い今では更地となっていた。
現在福岡市の中心部・天神では「天神ビッグバン」という名で再開発が進められている。
おそらく数年後には,新たな天神のランドマークが完成し,町の様相は一変することであろう。
しかし,大学時代から20代にかけて,毎週のように服や本・CDを買いに来たり,飲み歩いたりした街の景観が変わっていくことには,一抹の寂しさを覚えることも確かだ。
少しセンチメンタルな気持ちになりながらも,10分ほど歩いてアクロス福岡に到着した。
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さすがはニュー・イヤーコンサート。
シンフォニーホールのロビー周辺には既に人だかりができていた。
家族連れもちらほら見かけるが,やはり年配のご夫婦が多い。
地元の交響楽団ではあるが,クラシックのコンサートなので着物やジャケットでぴしっと決めた方が多い。
ちなみに私も,この日の格好はいろいろと逡巡した。
前日(7日)にウィーン・フィルのコンサートをNHKでやっていたので観ていると,オーディエンスの男性は揃いも揃ってネイビースーツにネクタイの正装,女性は華やかなドレス姿である。
さすがに日本の地方都市のコンサートなので,そこまで気合を入れるのもどうかとは思ったが,それなりに場をわきまえた格好はしていくべきだ。
迷った末に,ラルフローレンのネイビーのジャケット,グレイのスラックスに,ユニクロの3Dクルーネック・セーター(おうど色),ラルフのチェックシャツを合わせた所謂「アメトラ」スタイルにした。
足元はハルタのタッセルローファー。
妻は先日買ったMHL.のニットにアダム・エ・ロペのロングスカートを着ていた。
だいぶカジュアルだな。
ホールに入ったら,数人のチェロ奏者の方がチューニングをしていた。
ここのホールは,なかなか重厚な造りをしている。
昨年10月,リニューアル工事を終えて記念式典を行ったばかりである。
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定刻になると,ぱらばらとした拍手の中オーケストラの面々がそれぞれの持ち場につく。
最後に,一際大きな拍手を浴びながら,指揮者・下野竜也が指揮台に上がった。
スタートは,ウォルトン「『スピット・ファイア』前奏曲とフーガ」である。
のっけから,スペクタクルな演奏であった。
クラシックに詳しくない私にとっては勿論初めて聴く曲であったが,メリハリの効いた音の出し入れが素晴らしい。
席が右寄りだったので,ステージ向かって右側のチェロ隊の重低音がよく聴こえてきたのもよかった。
パッヘルベルの「カノン」では,春の陽光に照らされた水面と,小川のせせらぎが聴こえてきた。
抑制のきいたバイオリンの音色とフルートの調べが心地よい。
ソプラノ歌手の鈴木玲奈と九響合唱団が参加した,ヨハン・シュトラウス二世の喜歌劇「侯爵様,あなたの様なお方は」も見事であった。
侯爵家の女中が,ある日仕えていた貴婦人のドレスを拝借し,こっそり舞踏会に参加したところ,あろうことか会場で侯爵に出くわしてしまう。
「お前はうちの女中ではないか」
と驚く侯爵に対して
「侯爵様,このように美しい私のどこを見て『女中』と言われるのですか?」
と侯爵を言い負かすという喜歌劇(鈴木の解説による)。
優雅な女中の高笑いがメインになるという,痛快な喜歌劇だった。
そのエレガントさに拍車をかけたのが,九響合唱団のコーラスだ。
70人規模のオーケストラと,コーラス隊約40人,計100人以上の音と声で迫ってくる迫力はかなりのものだった。
今回の九響ニュー・イヤーコンサートは,私の数少ないクラシックコンサート体験の中でも間違いなくベストとなった。
広島交響楽団から招かれた,下野竜也の素晴らしい指揮と人柄に触れないわけにはいかないだろう。
今回,パンフレットに曲の解説がなかったので,彼は
「私がやります。」
と宣言し,曲間にMCを挟んでいった。
その喋りが,ウィットの効いた上品なジョークを交えつつ,クスっと笑えるようなものだったので,会場はほんわか温かな雰囲気に包まれた。
曲になると,鳥のささやき声のような優しい調べを引き出したかと思えば,船の出航のような勇壮なファンファーレを躍動感たっぷりの動きでリードした。
アンコール第一幕で「ロミオとジュリエット」を演った後,再度のアンコールに応えた第二幕「剣の舞」では,サングラスをかけた鈴木と一緒にポンポンを振って指揮そっちのけで踊り狂い,割れんばかりの拍手の中でのフィナーレとなった。
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コンサートが終わった後,車を停めているパーキングまで歩きながら妻と話していると,
「さっとラーメン食べて帰りたい。」
と言い出したので,結婚前によく二人で通っていた長浜の老舗「一心亭」に寄って帰ることにした。
あっさり風味の豚骨スープに,長浜ラーメン特有の細麺。
この店は年中おでんをやっていて,しかも焼酎が安いので,飲んだ後に締めでよく訪れていた。
さすがにこの日は酒は飲めなかったが,懐かしい味がじんわりと体を温めてくれる。
変わりゆく街の中でも,変わらないものがあるというのは,嬉しいことだ。
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土産を買って帰宅すると,息子たちは義父母に夕食を食べさせてもらっていた。
居間には,トランプがきちんと並べて置いてある。
私たちが出かけている間,みんなで神経衰弱をやっていたらしい。
2歳の三男はなかなか寝付かず,夕方4時過ぎにようやく午睡に入り,ついさっき起きたばかりということだった。
寝ぼけ眼のまま,義母が口に入れてくれるハヤシライスをむしゃむしゃと頬張っている。
孫たち三人の世話は大変だったことだろう。
義父母に礼を言い,夕食の世話を交代し,買っていた土産のパンを渡した。
義父母が帰った後,長男と次男が
「ご飯食べたらみんなで神経衰弱をやろう!」
と言い出した。
いいだろう。
まだ騒がしい日常に戻っていくが,たまの非日常が明日からの活力になる。
妻の誕生祝いとは言え,私自身も結構癒されていた。
機会があれば,また行ってみたいと思えるような得難い体験であった。
とは言え,この息子たちを連れて,クラシックのコンサートに行ける日が果たして来るのだろうか…とつい遠い目をしてしまった,とある休日の夜なのでした。