音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

ロックの神様は「持っていない奴」に微笑む

夏の 甲子園が始まった。


コロナで家にいるしかないので,ずっとテレビを観ている。


開会式の後,始球式があったのだけど,出てきたのが斎藤佑樹だった。


ハンカチ王子だ。


2006年の夏,田中将大との投げ合いを制して一躍国民的ヒーローになった佑ちゃん


内角高めにズバリとストレートを決め,フィールドの面々,球場に頭を下げながら,爽やかに去って行った。


彼は「持っている男」として有名だった。


夏の甲子園では全国優勝。

主将として臨んだ大学四年時にはリーグ戦制覇。


誰もが,「持っている男」斎藤佑樹のプロでの活躍を確信していた。

しかし怪我なども重なり,思ったような成績はあげられないまま,昨年プロ生活に終止符を打ったのは記憶に新しいところだろう。


気づけば,誰も彼のことを「持っている男」と呼ばなくなっていたし,そんなふうに呼んでいたことすら忘れていた。


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さて,この世には2種類の人間がいる。


前置きからもお分かりの通り,「持っている者」と「持っていない者」だ。


「持っている」「持っていない」者とロックとを関連付けた評論を,最近読んでいる本の中で山崎洋一郎が書いていた。


ロックは,「持っている」奴より「持っていない」奴に味方をする。そりゃあそうだ。もともとそういうところから生まれた音楽なのだから。部屋で何十万円もするオーディオで大人買いしたCDの山を聴きあさっている奴よりも,ボロボロのMDプレイヤーで数少ないアルバムを繰り返し何度も何度も聴くしかない奴の方が,そのアルバムから無限の力を受け取ることができる。そいつが聴いている音は,そいつの耳にとって高級オーディオなどを遥かに凌駕したバキバキのハイファイ・サウンドなのだ。なぜならそいつは,想像力で音を聴いているからだ。安いMDプレイヤーでは再生しない音の隙間に,そいつの想像力をたっぷりと流し込みながら,あるいはザクザクとぶっ刺しながら音を聴いているからだ。それが,ロックが無限大の力を見せてくれる「その時」なのだ。そして,ロックの無限大の力とは,実は,聴いている人自身の想像力のことなのだ。

山崎洋一郎「激刊!山崎Ⅱ」より引用

 

うーん。

何十万とは言わずとも,それなりの値段がするオーディオで音楽を聴いている身としては,ロックに味方してもらえるのか甚だ疑問符がつくのだが,誰しも「持っていない」時代はあったのではなかろうか。

 

私にも六畳一間のワンルームテレビなしの部屋で一人暮らしをし,深夜まで仕事に明け暮れて,職場近くのラーメン屋で一杯やった後自転車で海岸まで走り,ビールと煙草をふかしながらiPodで「メインストリートのならず者」を聴きながら1日を終えるという,とち狂ったロックンロールライフを送っていた過去がある。


間違いなく「持っていない」部類の人間だろう。


この時代によく聴いていたのが,マニック・ストリート・プリーチャーズだ。


マニックスは,変わったバンドヒストリーを持っている。


デビューする際に

「世界中でチャート1位を取るアルバムをつくって解散する」

と宣言したのだ。


自信満々の宣言の下リリースされた1stアルバム「ジェネレーション・テロリスト」は,日本では一部話題になったものの,世界的には大した評価は受けることはなかった。


当然,チャート1位の目標は叶わず,「1位奪取のあと即解散」というバンドの宣言は宙に浮いてしまった。


その後,3rdまで制作した後に,バンドの中核を担っていたギターのリッチーが突如失踪。


リッチーを失った残る3人は,失意の中4thアルバム「エヴリシング・マスト・ゴー」を完成させ,これが大ヒットする。


皮肉なことに,リッチーを失うことで初めてバンドは真価を発揮したのだ。

その後,マニックスは「英国人が最も愛するバンド」として多くの秀作をリリースし,着実にキャリアを積み上げてきた。

リッチー・エドワーズ(マニック・ストリート・プリーチャーズ)「ロッキング・オン」2013.2

 1stアルバム制作時を振り返って,ベースのニッキーは当時のことを以下のように語っている。


当時はあれが自分達のすべてだったし,今でもすごく重要なレコードだと考えている。(中略)とにかくあのアルバムで思い出すのはバンドにとっての華やかりし時代,若くて自信満々で何でもできると思っていた時代を思い出す。確かに君が言うような切迫感はあったと思うよ。これが最初で最後のチャンスだと思ってたから,とにかくがむしゃらだった。」

ロッキング・オン」2013.3より引用

 

マニックスディスコグラフィーの中では,「ジェネレーション・テロリスト」が一番好きだとは言えないけど,彼らの作品中ではこれが一番つんのめっているというか,走っている感じがする。


「持っていない奴」。

それはまさしく,1stを出したばかりのマニックスのことだった。

そんな彼らを,ロックの神様は見捨てなかったのだ。


失ったものは大きかった。

しかし今でも彼らが鳴らし続ける情念のこもったロックは,あの失意を乗り越えなければ,きっとこの世にはなかったはずだ。


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冒頭の斎藤佑樹氏,始球式後に球児に向けてコメントを出していた。


「これから先,グラウンドでもグラウンド以外でも,君をいろんな出来事が待ち受けています。僕のように不安だらけの時期を過ごし,挫折を味わうこともあるかもしれません。それでも何とか前を向くために必要なもの,それは記憶だと思います。

過去の栄光,だなんて言われることもあるけれど。最後まで闘い抜いた記憶は,未来を生き抜く大きな力となります。」


大き過ぎる実績を背負ってスタートしたプロ生活は,並の新人とは比べものにならないプレッシャーにさらされただろう。


うまくいっている時にはチヤホヤされるが,ダメになると途端に手のひらを返したように人が離れていく。


栄光に包まれた学生時代を送った彼は,その倍以上の期間を絶望と失意を感じながら過ごしたはずだ。


本当は,「持っていない」男だったのかも知れない。

だけど,それでも前に進む奴をロックの神様は絶対に見捨てない。


そう信じたいなあ。


まあ,斎藤佑樹がロックの神様に何か期待してるとは思わないけど。


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最後に,「モータウン・ジャンク」を紹介します。

マニックスの1stの日本盤ボーナストラックとして収録されている。


こんな初期衝動に溢れた最高のロックンロールナンバーがある限り,私はロックの力を,ロックの神様を信じられる。


頑張ろう,佑ちゃん



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