音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

ポール・マッカートニー・アンド・ウイングス〜古くて素敵なクラシック・ロック〜

令和5年に入ってから始めた「古くて素敵なクラシック・ロック」シリーズ。

 

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第3回は,ポール・マッカートニー

 

言わずと知れたザ・ビートルズのメインソングライター,ポール。

 

ビートルズ好きな人とは必ずと言っていいほど,

「ジョン派?ポール派?」

という話をするが,私は間違いなくポール派だ。

 

理由を一つ挙げるとすれば,「ポップだから」。

これに尽きる。

 

ポップ・ソングの引き出しが驚くほど多く,そして深い。

最近の作品を聴いていても,この人の才能は枯渇することを知らないのかと本当に思わせてくれる。

 

まあ,キャリアの長い人だし作品も多いので,良し悪しはあるにせよ,彼がポップミュージックにもたらした功績というのは計り知れないだろう。

 

今回は,そんなサー・ポールの作品の中からウィングス時代の3作品をご紹介。

 

 

ちなみにウィングスとは,ポールがビートルズ解散後に妻のリンダ,デニー・レインらと結成したバンド。

 

活動期間は10年程度だが,ポールのビートルズ解散後のキャリア史上では,最も人気・セールス共に充実していた時期であろう。

 

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「バンド・オン・ザ・ラン」(1973年)

まずは傑作,「バンド・オン・ザ・ラン」から。

 

表題曲でスタートする作品だが,最初から劇的な展開の曲で華々しく幕を開ける。

 

いつか,当ブログでこの曲を自分の結婚式のオープニングにして,

「脱獄の曲を結婚式で使いおって!」

とビートル・マニアの先輩からお叱りを受けた話を書いた記憶がある。

 

でも,この「バンド・オン・ザ・ラン」という曲の痛快な開放感というのはいつ聴いても最高だ(今も聴きながら書いている)。

 

また,このアルバムではポールがビートルズ時代から用いている「リプライズ」(ある曲の一部を,他の曲の合間に挿入する手法)が再び使われており,アルバムの物語性や統一感を高めるのに一役買っている。

 

ちなみに,この手法は,後にオアシスのアルバムでも採用されている。

 

アルバム全体の完成度はかなり高い。

「ジェット」など映えるシングルは今でもポールのライブではセットリストの常連。

 

脇を固める「ブルー・バード」などの佳曲もいい味を出している。

 

ポールのソロキャリアの中では間違いなく,一番にお勧めできる名盤。

 

 

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「ヴィーナス・アンド・マーズ」(1975年)

「ヴィーナス・アンド・マーズ」もなかなかの秀作だ。

 

スタートの「ヴィーナス・アンド・マーズ」から「ロック・ショウ」への流れは,「バンド・オン・ザ・ラン」のスタートをさらにダイナミックにした感じ。

 

アルバム中盤「マグネット・アンド・チタニウムマン」。

おそらくシングルでもない無名の曲だろうが,味があって好きだ。

朗々と歌い上げるポールと,リンダらコーラスの掛け合いが渋い。

 

このような小品のような曲が散りばめられているアルバムというのは,ぴりっと締まる。

 

 

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「スピード・オブ・サウンド」(1976年)

前二作に比べると,全体的に静謐な印象を受ける作品。

 

正直,ロックのダイナミズムを突き詰めた「バンド・オン・ザ・ラン」と「ヴィーナス・アンド・マーズ」に比べると地味な感じがして,そこまで聴き込んではこなかった。

 

しかし,今回久しぶりに聴き返してみると,この「スピード・オブ・サウンド」というアルバムに,これまでとは異なる印象を持った。

 

全体的に抑えめではあるのだけど,アコースティックギターの素朴な調べ,リンダが奏でるピアノの音色,そしてポールの「歌」が沁みてくるのだ。

 

一人で静かに読書をしながら聴く分には,もってこいのアルバムかも知れない。

 

それと,「シリー・ラヴ・ソングス」は必聴です。名曲。

 

 

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私は2015年,ポールが京セラドームでライブをした時には,午後から仕事を休み,新幹線で一路大阪を目指し,会場に乗り込んだ。

 

そのライブの直前の様子を,読書ノートに記録していたので引用する。 

 

にわかに会場全体がざわついてくる。正面に見えるスクリーンに少年が映し出されている。おそらく,ポールの少年時代の写真だろう。童顔と言われるポールだ。人懐こい笑顔は今と変わらない。

その後、ビートルズ時代とウィングス時代と,時を経てポールの姿が次々と映し出される。しかもこのスライド,かなりお洒落につくりこまれている。

最後に現在のポールの写真が現れ,消えたところで,客電が落ちた。

たまらず歓客が叫ぶ。奥の暗幕が動いた。

ポールだ!

軽やかにステージ中央に歩いていくと,一曲目のイントロが響き渡る。

「マジカル・ミステリー・ツアー」だ!!

 

このライブでのポールは圧巻だった。

背に演出用の炎を浴びても,涼しい顔でギターを弾き,歌った。

ステージを所狭しと動き回り,三時間の間一滴の水も飲まなかった。

 

ポップ・スターとしてのプロ根性を見た感じであった。

このライブをやり切るために,普段から相応の努力をしているだろうことは想像できた。

 

しかも,それを微塵にも感じさせない程,このひとは楽しそうに歌うのだ。

 

「オオキニ〜!」

 

と軽やかに手を振って去って行った,サー・ポールの後ろ姿は忘れられない。

 

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最後に,「ヴィーナス・アンド・マーズ」から「マグネット・アンド・チタニウムマン」をご紹介。

 

有名曲ではないけど,こういう味のある曲がアルバム全体のクオリティを引き上げていると思います。

 


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妻の誕生祝いに九響のニュー・イヤーコンサートに行ってきた話

九州交響楽団(九響)のニューイヤーコンサートに行ってきた。

 

クラシックには殆ど縁のない私が,なぜ九響のコンサートに行くことになったのかと言うと,話は1月2日まで遡る。

 

うちの妻は1月に入ってすぐ誕生日がくるので,昨年も妻の誕生日に向けて「歌うたいのバラッド」の練習をしていた息子の記事を書いていた。

 

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今年の正月に,妻に

 

「誕生日のプレゼントは何がほしいの?」

 

と聞いてみると,

 

「時間がほしい。」

 

という答えが返ってきた。

 

 

男の子が三人いて,共働きの夫婦なので普段は自分たちの時間など皆無に等しい。

だからその気持ちはとても分かるのだが,ではどんな時間がほしいのだろうか?

 

答えを出すのに,そう時間はかからなかった。

 

コンサートに行こう。

 

できれば,クラシックがいい。

 

妻は幼い頃からピアノをやっていたこともあり,数年前に地域の楽団による小規模のコンサートに行った時も喜んでいたことを覚えていたからだ。

 

早速「N響」で検索をかけてみる。

NHK交響楽団は,1月9日にニュー・イヤーコンサートをやるようだ。

しかし,場所が長野県上田市…。

 

これは,無理である。

さすがに三人の息子を連れてこのタイミング(年明け)で長野旅行をブッキングをするのは厳しい。

 

次に,「九響」で検索をかける。

福岡を拠点に活動する九州交響楽団も,ニュー・イヤーをやっているはずだ。

 

予想通り,やるようだ。

しかも,場所はアクロス福岡シンフォニーホール。

 

ここなら車で都市高速に乗れば20分程度で行ける。

 

 

チケットを確認すると,S席が15席程度残っていた。

しかし,連番での空きは残り3つほどしかない。

 

しかも,私がスマホでいろいろと下調べをしている最中にも,席が少しずつ埋まり始めていた。

 

すぐに義理の母に電話をし,8日午後の子守を打診してみた。

義理の父母ははす向かいのマンションに住んでおり,普段から何かと世話になっている。

 

男の子3人の世話をお願いするのは心苦しかったが,事情を説明すると快諾してくれた。

義母に礼を言い,電話を切るとすぐにチケットを取った。

 

S席の15列目。

 

滑り込みで取った割には,なかなかの上席だ。

 

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8日(日)の昼過ぎ,義理の父母が訪ねてきてくれた。

 

子どもたちは午前中公園で遊ばせたものの,昼ご飯を食べた後も絶好調である。

 

そんなちびっこ・ギャングを3人置いていくのに多少の心苦しさを残しつつ,義父母と子どもたちに笑顔で見送られ,自宅を後にした。

 

思えば妻と二人で外出は久しぶりである。

 

先日たまたま二人とも休みの時には下二人を保育園に預け,冬休み中の長男を連れて買い出しに出かけたことはあったが,二人きりとなると一年ぶり以上であることは多分間違いない。

 

車のエンジンを入れると,スピッツがよりにもよって「おっぱい」を歌っていた。

これから妻と二人でクラシックのコンサートに出かけるのに,これはないだろう。

 

そんな私の心情をあざ笑うかのように,草野マサムネ

「きみのおっぱいは世界一~」

と歌っている。

 

妻と他愛もない会話をしながら,できるだけ自然な動作で別の曲に切り替える。

 

都市高速に乗ると,15分ほどで天神に着いた。

 

高速を降りる時には,草野は「さすらい」(奥田民生のカバー)を歌っていた。

なかなかいい感じだ。

 

アクロスの駐車場に停めることも考えたが,出庫の際に手間取りそうだったので,少し距離はあるが大通りの裏にあるパーキングに停めて歩くことにした。

 

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アクロス福岡までの道を妻と歩きながら,ちょっと行かないうちに天神の街が様変りしていることに驚いた。

 

天神のメインストリートである渡邊通り沿いに建つ,ランドマーク的な建物だった天神コアとビブレの場所は,閉店に伴い今では更地となっていた。

 

現在福岡市の中心部・天神では「天神ビッグバン」という名で再開発が進められている。

おそらく数年後には,新たな天神のランドマークが完成し,町の様相は一変することであろう。

 

しかし,大学時代から20代にかけて,毎週のように服や本・CDを買いに来たり,飲み歩いたりした街の景観が変わっていくことには,一抹の寂しさを覚えることも確かだ。

 

少しセンチメンタルな気持ちになりながらも,10分ほど歩いてアクロス福岡に到着した。

 

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さすがはニュー・イヤーコンサート。

シンフォニーホールのロビー周辺には既に人だかりができていた。

 

家族連れもちらほら見かけるが,やはり年配のご夫婦が多い。

地元の交響楽団ではあるが,クラシックのコンサートなので着物やジャケットでぴしっと決めた方が多い。

 

ちなみに私も,この日の格好はいろいろと逡巡した。

 

前日(7日)にウィーン・フィルのコンサートをNHKでやっていたので観ていると,オーディエンスの男性は揃いも揃ってネイビースーツにネクタイの正装,女性は華やかなドレス姿である。

 

さすがに日本の地方都市のコンサートなので,そこまで気合を入れるのもどうかとは思ったが,それなりに場をわきまえた格好はしていくべきだ。

 

迷った末に,ラルフローレンのネイビーのジャケット,グレイのスラックスに,ユニクロの3Dクルーネック・セーター(おうど色),ラルフのチェックシャツを合わせた所謂「アメトラ」スタイルにした。

足元はハルタのタッセルローファー。

 

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妻は先日買ったMHL.のニットにアダム・エ・ロペのロングスカートを着ていた。

だいぶカジュアルだな。

 

ホールに入ったら,数人のチェロ奏者の方がチューニングをしていた。

 

ここのホールは,なかなか重厚な造りをしている。

昨年10月,リニューアル工事を終えて記念式典を行ったばかりである。

 

 

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定刻になると,ぱらばらとした拍手の中オーケストラの面々がそれぞれの持ち場につく。

 

最後に,一際大きな拍手を浴びながら,指揮者・下野竜也が指揮台に上がった。

 

スタートは,ウォルトン「『スピット・ファイア』前奏曲とフーガ」である。

 

のっけから,スペクタクルな演奏であった。

 

クラシックに詳しくない私にとっては勿論初めて聴く曲であったが,メリハリの効いた音の出し入れが素晴らしい。

席が右寄りだったので,ステージ向かって右側のチェロ隊の重低音がよく聴こえてきたのもよかった。

 

パッヘルベルの「カノン」では,春の陽光に照らされた水面と,小川のせせらぎが聴こえてきた。

抑制のきいたバイオリンの音色とフルートの調べが心地よい。

 

ソプラノ歌手の鈴木玲奈と九響合唱団が参加した,ヨハン・シュトラウス二世の喜歌劇「侯爵様,あなたの様なお方は」も見事であった。

 

侯爵家の女中が,ある日仕えていた貴婦人のドレスを拝借し,こっそり舞踏会に参加したところ,あろうことか会場で侯爵に出くわしてしまう。

 

「お前はうちの女中ではないか」

 

と驚く侯爵に対して

 

「侯爵様,このように美しい私のどこを見て『女中』と言われるのですか?」

 

と侯爵を言い負かすという喜歌劇(鈴木の解説による)。

 

優雅な女中の高笑いがメインになるという,痛快な喜歌劇だった。

 

そのエレガントさに拍車をかけたのが,九響合唱団のコーラスだ。

70人規模のオーケストラと,コーラス隊約40人,計100人以上の音と声で迫ってくる迫力はかなりのものだった。

 

今回の九響ニュー・イヤーコンサートは,私の数少ないクラシックコンサート体験の中でも間違いなくベストとなった。

 

広島交響楽団から招かれた,下野竜也の素晴らしい指揮と人柄に触れないわけにはいかないだろう。

 

今回,パンフレットに曲の解説がなかったので,彼は

「私がやります。」

と宣言し,曲間にMCを挟んでいった。

 

その喋りが,ウィットの効いた上品なジョークを交えつつ,クスっと笑えるようなものだったので,会場はほんわか温かな雰囲気に包まれた。

 

曲になると,鳥のささやき声のような優しい調べを引き出したかと思えば,船の出航のような勇壮なファンファーレを躍動感たっぷりの動きでリードした。

 

アンコール第一幕で「ロミオとジュリエット」を演った後,再度のアンコールに応えた第二幕「剣の舞」では,サングラスをかけた鈴木と一緒にポンポンを振って指揮そっちのけで踊り狂い,割れんばかりの拍手の中でのフィナーレとなった。

 

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コンサートが終わった後,車を停めているパーキングまで歩きながら妻と話していると,

 

「さっとラーメン食べて帰りたい。」

 

と言い出したので,結婚前によく二人で通っていた長浜の老舗「一心亭」に寄って帰ることにした。

 

あっさり風味の豚骨スープに,長浜ラーメン特有の細麺。

この店は年中おでんをやっていて,しかも焼酎が安いので,飲んだ後に締めでよく訪れていた。

 

さすがにこの日は酒は飲めなかったが,懐かしい味がじんわりと体を温めてくれる。

変わりゆく街の中でも,変わらないものがあるというのは,嬉しいことだ。

 

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土産を買って帰宅すると,息子たちは義父母に夕食を食べさせてもらっていた。

 

居間には,トランプがきちんと並べて置いてある。

私たちが出かけている間,みんなで神経衰弱をやっていたらしい。

 

2歳の三男はなかなか寝付かず,夕方4時過ぎにようやく午睡に入り,ついさっき起きたばかりということだった。

寝ぼけ眼のまま,義母が口に入れてくれるハヤシライスをむしゃむしゃと頬張っている。

 

孫たち三人の世話は大変だったことだろう。

義父母に礼を言い,夕食の世話を交代し,買っていた土産のパンを渡した。

 

義父母が帰った後,長男と次男が

 

「ご飯食べたらみんなで神経衰弱をやろう!」

 

と言い出した。

 

いいだろう。

 

まだ騒がしい日常に戻っていくが,たまの非日常が明日からの活力になる。

 

妻の誕生祝いとは言え,私自身も結構癒されていた。

機会があれば,また行ってみたいと思えるような得難い体験であった。

 

とは言え,この息子たちを連れて,クラシックのコンサートに行ける日が果たして来るのだろうか…とつい遠い目をしてしまった,とある休日の夜なのでした。

 

 

古くて素敵なクラシック・ロック〜フェイセズ〜

ひょんな思い付きから始めた,「古くて素敵なクラシック・ロック」シリーズ。

 

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第二回は,フェイセズ(Faces)です。

 

よく,スモール・フェイセズ(Small Faces)と間違えられるフェイセズだけど,この2組のバンドは深く関係している。

 

スモール・フェイセズは1965年から69年まで活動した英国のロック・バンドで,スティーブ・マリオット(g)とロニー・レイン(b)が中心となって人気を博した。

 

しかし,中心人物のスティーブが別バンドを結成するために脱退したため,残されたロニーやイアン・マクレガン(k)らは,ジェフ・ベック・グループをクビになってフラフラしていた友人のロン・ウッドロッド・スチュワートをバンドに誘い,フェイセズを結成した。

 

ロン・ウッドは,今や泣く子も黙る世界最高峰のロックン・ロールバンド,ザ・ローリング・ストーンズのギタリストとして名を馳せている。

 

ロッド・スチュワートは,ソロ・シンガーとして「セイリング」「今夜きめよう」等多数のヒットを放ち,そのハスキー・ボイスとセクシーな佇まいに魅了された人はここ日本でも多いのではないだろうか。

 

つまり,スモール・フェイセズジェフ・ベック・グループの元メンバーが手を組んだ,所謂スーパー・バンド的な見方もできるのがフェイセズというバンドの成り立ちだ。

 

フェイセズの活動期間は,決して長くはない。

 

1970年に最初のアルバムをリリースし,1973年に最後のスタジオ・アルバムをリリース後,ロニー・レインが脱退。

その後も残ったメンバーで細々と活動を続けるが,70年代半ばにロン・ウッドストーンズのレコーディングやツアーに帯同するようになって,遂に解散の道を選ぶ。

 

スタジオ・アルバムとしては4枚を残しているが,今回は我が家にある2作目から4作目までを紹介する。

 

Facesの作品(左上:「Long Player」,右上:「馬の耳に念仏」,下:「Ooh La La」)

 

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「Long Player」(1971)

このアルバムは,レコードジャケットを忠実に再現した,紙ジャケ仕様の再発盤CDを10年以上前に買っていたのだけど,実はほとんど聴いていなかった。

 

というのも,先に購入していた他2枚(「馬の耳に念仏」と「Ooh La La」)のクオリティに対して,聴いてみた印象が「ちょっと地味だな」というものだったからだ。

 

だから,2,3回聴いてずっとCD棚に入れっぱなしにしていた。

 

ところが今回10年ぶりに聴き返してみると,思いのほかよかった。

 

確かに,グルーヴ感やダイナミズムという点では後に出た2作の方に分があるが,素朴ではあるものの曲の骨格はしっかりしていて,ロッドの歌声もしっかりとそこに乗っかっている。

 

B面は特に聴かせる。

「リアル・グッド・タイム」なんかは,ロッドのシャウトと,うねるロンのギターが絡み合い,なかなかの迫力だ。

 

Long Player

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「馬の耳に念仏」(1971)

私が最初に買ったフェイセズのCDがこれだ。

 

何故買ったのかはいまいち思い出せないが,多分2011年フジロックのヘッドライナーに再結成フェイセズの名前がクレジットされていたため,CDを聴いて予習してみようと思ったからではないだろうか。

 

正直そんなに期待していなかったが,このアルバムはなかなか聴き応えがあった。

 

全体的に気怠げなトーンが若干の古臭さを感じさせるが,逆にそれが安心感をもたらしてくれる。

かすれ気味のロッドのボーカルもいいのかも知れない。

 

久しぶりに聴いてみると,アルバム全体の雰囲気がストーンズスティッキー・フィンガーズ」あたりに近いものを感じる。

 

牧歌的な曲調の中にも,ミックのボーカルで少し毒を持たせたのがストーンズなら,枯れた退廃的なイメージのほうがフェイセズだ。

 

これはこれで,結構味があって私は好きだ。

 

 

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「Ooh La La」(1973)

「Ooh La La」は,フェイセズ最後のスタジオ録音アルバムだが,ロック・アルバムの名盤ディスクレビューなどでは軒並み紹介されることが多い作品だ。

 

世間的な評価はまあ置いておいても,私はかなりこの作品に愛着を持っており,一時期相当聴き込んだ。

 

一番の聴きどころは,間違いなく2曲目「Cindy Incidentally」だろう。

ピアノ・ソロのイントロからの,ひしゃげたギター,そしてロッドの切ない歌声。

曲を引っ張るのは間違いなくロッドのボーカルだが,要所で鳴らされるイアンのピアノがいい仕事をしている。

 

フェイセズというバンドは,どうしても華のあるボーカル(ロッド・スチュワート)や退廃的なギター(ロン・ウッド)プレイに目が行きがちだけど,実は彼らが活躍する下地には,ロニー・レインらリズム隊が生み出す,磐石のグルーヴや,アクセントになるイアンのピアノがあるわけだ。

 

彼らの音楽は,古きよきロックンロールの芳醇な香りに溢れている。

 

70年代前半,ロックが最高の輝きを放っていた最後の時期に相応しい名盤だ。

 

OOH LA LA

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2011年,フジロック2日目のグリーンステージのヘッドライナーはフェイセズだった。

 

かつてバンドを牽引したロニー・レインは既に他界していて,ベースは元セックス・ピストルズのグレン・マトロックが担った。

 

マネージメントの折り合いが合わず,ボーカルにはロッド・スチュワートを据えることが出来なかったので,代わりにミック・ハックネル(シンプリー・レッド)が歌った。

 

グリーンステージは,ヘッドライナーの時間帯とは思えないほど,ガラガラだった。

私は,モッシュピットの少し後ろのぬかるんだ芝生の上に佇んで,彼らのステージを見守っていた。

 

ミックのボーカルは伸びやかなハイトーンで,フェイセズの楽曲に敬意を払い,余計なアレンジも加えず忠実に再現していた。

何度かセッションを重ねたのだろう。メンバーとの息もよく合っていた。

 

しかし悲しいかな,ロッドのような枯れた色気は出ていない。

 

まあ,最初からそこは期待していなかったけど,やはりロッド・スチュワートとロニー・レインというのはフェイセズ特有の退廃的なグルーヴを生み出していたのだなと実感した。

 

でも,ロン・ウッドを始めとしたメンバーが楽しそうに演奏していて,それを見ているだけで幸福な気持ちになった。

 

最後に彼らの代表曲,「Cindy Incidentally」を紹介します。

即効性はないけれど,じんわりと沁みる名曲です。

 


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古くて素敵なクラシック・ロック~イギー・ポップ~

村上春樹の「古くて素敵なクラシック・レコードたち」が売れているらしい。

 

以前,当ブログでも紹介したことがある。

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この本,最近になってようやく読了した。

 

たまに思い出したように手に取り,少しずつ読み進めていた。

 

村上春樹の部屋にあるクラシック・レコードの紹介が主で,大体1回に4~5枚ずつレコードジャケットとレビューが載っている(計400枚以上のレビューを収録)。

 

紹介してあるクラシック作品はほとんど知らないものばかりなのだけど,村上氏特有の諧謔やエピソードを交えた小話を聴いているようで,なかなか楽しめる。

 

この「古くて素敵なクラシック・レコードたち」は,なんと続編が先月半ば頃に出たということで,本屋に買いに行ってきた。

タイトルは「更に,素敵なクラシック・レコードたち」である。

 

なかなか素敵なネーミング・センスである。

 

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ところで,この本を読みながら

「こういう企画がロックのCDであればつい読みたくなるだろうな。」

と思った。

 

例えば,CD棚にある古いクラシック・ロックの紹介だ。

 

作品の制作背景だけでなく,持ち主のその作品にまつわる個人的な思い出なんかがあれば,尚のこと面白いだろう(そういうの,個人的に好きなんです)。

 

ないなら,自分でやってみようかな。

 

思い立ったが吉日,やってみようと思います。

題して,「古くて素敵なクラシック・ロック」シリーズ。

 

第一回は,イギー・ポップです。

 

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イギー・ポップ

 

1970年前後に,伝説的なロック・バンド,ストゥージズのフロントマンとしてカルト的な人気を博し,バンド解散後はソロとして,1977年にデビューアルバム「ザ・イディオット」(写真:左)と2作目「ラスト・フォー・ライフ」(写真:右)を立て続けにリリースする。

 

今回紹介する2枚だ。

 

正直に申し上げると,これらのCDを聴くまでは,私のイギー・ポップに対するイメージはあまりよろしくなかった。

 

「あまり」ではないな。

「すこぶる」よろしくなかった。

 

理由は簡単で,イギー・ポップという名前に反して,全く見てくれがポップではなかったからである。

 

私がロックを聴き始めた頃のイギーのいで立ちはというと,ライブに出てくるときには大抵が上半身裸(しかもムキムキ)で,長髪を振り乱していた。

 

おまけに何やらヘンテコな踊りでクネクネ動き回る,お世辞にも格好いいとは言えないオッサン…。

 

そんなイメージだった。

 

思いっきり,見た目で判断していたわけである。

 

しかし,上で紹介した2枚のCDを聴いて,その認識はちょっと改めた。

 

変なオッサンであることには変わりないけど,ただ変なだけではない。

 

その「変」さには,しっかりと説得力があったから。

非凡な2枚である。

 

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「The Idiot」

イギー・ポップ,ソロとしてのデビュー盤である。

ストゥージズを解散した後のイギーは苦難続きだったそうだ。

 

薬物中毒からのリハビリ期間でもあったし,周囲からの信頼を失ってもいた。

 

そんな彼に手を差し伸べたのが,ストゥージズ時代から何かと交流のあった,デヴィッド・ボウイ

ボウイはアルバムの共同制作を持ちかけ,そんなボウイの全面的な協力を得て完成したのが,この「ザ・イディオット」という作品だ。

 

ボウイのプロデュース,という制作背景があるからだろうが,1曲目の「シスター・ミッドナイト」のダークサイドな雰囲気は,同時期に制作されたボウイの傑作「ロウ」の世界観に通じるものがある。

宇宙的なスケールの大きさと同時に,どこか宿命的な「業」のようなものを感じさせる曲だ。

 

さらに,このアルバムには後にボウイが「レッツ・ダンス」でセルフ・カバーする「チャイナ・ガール」という曲も収録されている。

色気を感じさせるような艶やかさのあるボウイ・バージョンと比べると,こちらのイギー・バージョンはのどかなカントリー・ミュージック風のアレンジだ。

 

アルバム全体の流れとして,悪くはないけど粗さが残るのは否めない。

完成度は,次作の「ラスト・フォー・ライフ」に譲るか。

 

ただ,この時代のイギー,見てくれはなかなか格好いい。

 

ファッションを見ていくと,ラペル太めのジャケットの下は何も着ていないのだろうか?

下がタイトなジーンズ,妙な手の動きとともに,印象に残る秀逸なジャケット写真だ。

 

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「Lust For Life」

私がこの企画を思いついた時に,最初にイギー・ポップを取り上げようと思ったのは,この素晴らしいアルバムを紹介したいと考えたからだ。

 

このアルバムは傑作だ。

多くの音楽ファンに聴いてもらいたい作品だ。

 

アルバムのオープナーを飾る表題曲「ラスト・フォー・ライフ」は,映画「トレイン・スポッティング」のオープニングとして有名だが,日本でもよくCMなどで流れている。

 

その軽快なイントロが鳴り出すと,つい体を動かしたくなる,そんな曲だ。

 

表題曲だけではない。

 

6曲目の「サクセス」は,ガレージ・ロック風の曲が多いこの時期のイギーには珍しくメロディアスな曲で,ストーンズよろしく歌い上げている。

このような爽快なロック・ナンバーは,デヴィッド・ボウイにはちょっと出せない雰囲気で,イギー特有の「抜け感」が心地よい曲だ。

 

全体的にハイ&ロウのバランスが絶妙で,名盤として自信をもってお勧めできる一枚。

 

 

最後に紹介するのは,表題曲「ラスト・フォー・ライフ」。

一時期,メール・アドレスに使うくらい好きな曲でした。

 


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元祖「UKのメランコリックで内省的なバンド」ザ・スミスが起こした革命

年末にThe1975についての記事を書いた。

 

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彼らは2013年にデビューしたバンドだが,デビューアルバムを出した後,2作目を出すまでのタイミングでロッキング・オンのインタビューを受けていたので,その記事を読んでいた。

 

すると,彼らがルーツとする音楽が,マイケル・ジャクソンフィル・コリンズなど80年代アーティストを中心とするとの記述があった。

 

The1975の音楽を初めて聴いた時の第一印象が,UKのバンドらしいUKのバンドだなということ。

私が思う「UKらしさ」とは,「メランコリックで内省的な」要素を持っていると言うことだが,The1975はそのど真ん中を行くような雰囲気を感じ取ったのだ。

 

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この「メランコリックで内省的な」雰囲気というのは,2000年代に本格的に洋楽ロックを聴き始めた私にとっては,90年代のブラーザ・ヴァーブなどのブリット・ポップ期やそれ以前のラーズなどに代表されるようなUKバンドのように,知的で少しウィットがあって,ロンドンの曇り空(行ったことないけど)のような憂鬱さを醸し出しているようなイメージなのだ。

 

それで,80年代と言えば,そのような「UKのメランコリックで内省的な」バンドの原型が生み出された時代で,その代表格がザ・スミスではないかと思うのだ。

 

ザ・スミスは1982年にイギリスはマンチェスターで結成されたバンドで,ボーカルのモリッシーが書く詞とギターのジョニー・マーの作るメロディは,オアシスなど多くの後進のロックンロール・バンドに影響を与えたとされる。

 

スミスというバンドの革新性について触れたライナー・ノーツには以下のような記述があった。

 

こうして見ると明らかなことがある。それはスミスが救済しようとする弱者とは主に「男性原理的闘争における敗者」を指しているということだ。(中略)

何故ならそれまでのロックが仮に少数派という意味での弱者を解放してきたとしても,その方法は無神経な闘争原理に根ざしている場合がほとんどだったからだ。彼らは有無を言わさぬパワーと自信によってそれを勝ち取ってきたのだった。

しかしスミスはどうだろう。押しつけがましさのまるでないもの悲しいアコースティック・ギター,男性としての自信のかけらも見られぬ酔狂なオカマのごときダンス,そしてステージにばらまかれた数多くの花。あらゆるマッチョイズムは周到に回避され,およそポップ・スターらしからぬ”女の腐ったような”方法ばかりが採用された。そうして「弱者」は闘争によって「強者」へとチェンジすることなく,「弱者」のままで光り輝くという奇跡を成し遂げたのだ。

「ザ・クイーン・イズ・デッド」ライナー・ノーツより引用

 

ちょっと時代錯誤な表現も交じってはいるが,要するに「男らしさなんて知るか!」と歌ったのがモリッシーなのである。

 

今ではむしろ性差のことで,決めつけや人格否定をすることがタブー視されるのは当たり前の時代になってきたのだけど,当時(80年代)はまだまだ差別が残っていた。

 

だから,ザ・スミスのそのような在り方については支持する声も上がった一方で,受け入れがたいとする立場も一定数存在したし,当時は結構物議を醸したようだ。

 

まあ,アルバムのタイトル(「ザ・クイーン・イズ・デッド」=「女王は死んだ」)自体もかなりセンセーショナルなので無理もないだろう。

 

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この80年代半ば頃という時代は,ムーブメント自体が「パンク以後」という状況だった。

 

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パンクというムーブメントは,労働者階級という,所謂「社会的弱者」の側に立ったものではあったものの,社会的地位は低くとも,「雄々しさ」や「逞しさ」「反骨精神」などをもった者がヒーローになるという図式はあったのだろうと想像できる。

 

モリッシーが書く詞には,社会に受け入れられず不満を持つ情けない主人公の心情がリアルに描き出されている。

 

そのピュアで繊細な内面は,ジョニー・マーが紡ぎ出す流麗なメロディに乗ることで,まるで魔法がかかったようにクリアになるのだ。

 

心に茨を持つ少年

その嫌悪の影には愛に飢えた心が隠れている

すさまじいまでに愛を渇望する心が

僕の目を深くのぞき込むのに

どうしてみんな信じてくれないんだろう?

僕のことを

僕の言葉を耳にしながら

どうしてみんな信じてくれないんだろう?

 

ザ・スミス「心に茨を持つ少年」

 

久しぶりにこの「心に茨を持つ少年」を聴いてみて,震えるほど感動してしまった。

この曲だけでない。

「ザ・クイーン・イズ・デッド」というアルバム全編が,瑞々しいほどの輝きを放っている。

 

是非一度は手に取って聴いて頂きたい名盤だ。

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ところで,ザ・スミスのファッションについては,あまり語られることがない。

 

それは,同時代のスタイル・カウンシルほどに洗練されているわけではないし,性的マイノリティとしてポップな曲とルックスで人気を博したカルチャー・クラブのように奇抜な衣装を着ていたわけでもないからだ。

 

しかし,冒頭で紹介したように「普通の」格好をしていたザ・スミスの面々にはむしろ親近感を覚える。

 

彼らは別にダサかったわけではない。

現代のファッション感覚から見ても,「普通の」お洒落さんである。

地に足が着いた感じがする。

 

そして,実はそれが重要だったのではないだろうか。

「普通の」格好をしていても,情けない男のままでも,革命は起こせる。

 

モリッシーの,スミスのファッションはそんなアティチュードを伝えているようだ。

 

モリッシーは80年代半ばの「ロッキング・オン」のインタビューに,次のように答えている。

 

「我々は,ファッショナブルじゃないからね。実際ファッションって何なのか分からない。単純な理屈さー僕らが出てくる前には,誰もこんなふうに感情を露骨に表現する者はいなかった。上着を引き裂いて,誰かの頭の上に飛び乗ろうなんてことは,誰にもできなかったのさ。そして今しばらくは,まだまだこうしたナマの心情表現が必要とされると僕は思うよ。」

「rockin'on」11.1985

 

このような知性が垣間見えるから,私は彼らの音楽が好きだ。

 

だからこそ,UKの「メランコリックで内省的な」バンドの元祖と呼びたいのである。

 

最後に名曲「心に茨を持つ少年」をご紹介。

 


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紅白2022出演アーティストのファッション・チェック

ここ数年,NHK紅白歌合戦が面白い。

 

特にここ2,3年は新型コロナの感染拡大による無観客開催が続いたこともあり,NHKも本気で,「どうすれば番組を観てもらえるか?」という積年の課題と向き合っていく姿勢が見受けられた。

 

そして,その努力はある程度奏功してきたように思える(視聴率云々ではなく,あくまで個人的感想としてだけど)。

 

ところで,私が「音楽と服」というコンセプトのブログをやっている以上,どうしても気になってしまうのが出演するアーティストの衣装だ。

 

以前ほどではなくなったにせよ,やはり出演アーティストにとって,紅白というのは一世一代の大舞台であるはずだ。

 

そんなここ一番ステージで,彼らがどんな服で歌い,自己を表現していたのか,チェックしていきたい。

 

※画像の引用元は全て2022年NHK紅白歌合戦です。

 

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1 SEKAI NO OWARIFukase

今年「Habit」で久々のヒットを飛ばし,日本レコード大賞にも輝いた彼ら。

その独特なダンスはSNSでも話題になった。

 

紅白では「赤」を基調とした衣装でのステージ。

Fukaseの衣装は,ストライプ柄のネクタイに,ストライプのジレ,ストライプシャツにチェック柄のボトムス。

 

文字にしてみるとうるさい感じだが,濃淡を巧みに使い分けた配色で,そこまでゴチャゴチャした印象はなし。

更に,真っ赤なジャージを着て相殺している。

 

曲と踊りがポップなだけに,飾りすぎず軽快な衣装だ。

 

セカオワは,メンバーのSaoriさんの名前をEテレ子供向け番組の作曲などで見かけるようになった。

彼女自身育休明けで復帰間もないが,今後はそうした「親の立場」を生かした音楽活動も増えていくのだろう。

 

同じく子育てする親世代としても,見守っていきたい今後の彼らの活動です。

 

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2 back number(清水依与吏)

back numberについては,実はあまり知らない。

 

ただ私が彼らの楽曲で唯一知っている「高嶺の花子さん」を歌ってくれたのが強く印象に残っている。

 

愚図愚図した情けない男の心の声をうまく歌詞にしているのだ。

私も学生時代に同じようなことをよく考えていたので,大変共感する。

 

back numberのメンバーの衣装についても,普段歌番組で見かける時同様,カジュアルで「いつも通り」を貫いている印象。

 

ボーカルの清水さんの衣装に関しては,大き目トップスに対してタイトなボトムスのシルエット「Yライン」。

 

サイズ感はともかく,真っ白なワークシャツ,薄いインディゴブルーのデニムという色使いも含め,いにしえのフォーク・シンガーっぽい印象を醸し出していて,非常に好感が持てる。

 

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3 あいみょん

カジュアルという面では,この人は完全に振り切っている。

 

「きみはロックを聴かない」を歌唱したあいみょん

 

「いつも通り」のジーンズにブーツ,上はオーバーサイズのブルゾンを肘まで捲し上げる,古着っぽいスタイル。

 

彼女が偉いのは,自分の言葉と自分のスタイルをきちんと持っているということ。

ステージが紅白だろうと路上だろうと,それを変えることはないだろう。

 

私よりだいぶ年下だが,その一貫したアティチュードは,素直に格好いいなと思える。

 

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4 藤井風

個人的に2022年ベスト・ドレッサーに選出した藤井風の衣装は一番の注目だった。

 

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出てきた彼を見て驚いた。

 

スカートである。

 

もともと中性的な印象もあるし,今回の歌唱曲「しぬのがいいわ」の歌詞も女性になぞらえて歌っているので,曲の世界を表現したということだろう。

 

まあ男だからスカートはちょっと・・・とか,そんな時代でもないということ。

 

これがファッションとして成立するには,まだまだ文化として成熟しきっていない感はあるが,昔から(特にイギリスでは)ミック・ジャガーデヴィッド・ボウイなんかはよく中性的な衣装を身に纏っていた。

 

ファッションの是非はともかく,曲の世界を完全に演じ切っていた今回のステージ。

表現者としての粋をしっかり見せてくれた。

 

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5 星野源

星野源は,自身の多様な音楽体験を曲作りに落とし込むことができる,バランス感覚に優れたアーティストだ。

 

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もともとは,コアな音楽的趣味を持っている人なのだと思うが,それをうまくポップ・ミュージックとして成り立たせているのだ。

そんな彼は,ファッションに関しても流行を意識したスタイルが多い。

 

今回の衣装は,グレイのオーバーサイズ・セットアップに,インナーはやはり大きめの白シャツ,足元がの丸っこいフォルムのブーツで全体のバランスを取っている。

 

トレンドのリラックス・シルエットを地で行くスタイル。

 

曲作りにせよファッションにせよ,うまく時代に合わせることができる器用さを持った人だが,「うちに帰ろう」の成功以降ミドルテンポの曲が多くなった印象がある。

 

その類まれなるポップ・センスで,そろそろぶっ飛んだ曲を聴かせてほしい。

 

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6 桑田佳祐と愉快な仲間たち

2022年の紅白,個人的な一番のハイライトはこの企画。

 

冒頭,「軽音楽部」の部室でギターをかき鳴らしているのが,世良公則野口五郎,Charの3人。

そこへ

「渋い親父が集まって,ギターを弾いている~。」

と言いながら現れたのは,桑田佳祐

 

4人とも黒・白ツートンのブルース・スタイルだ。

 

渋い。

 

この4人でアコギのセッションをした後,もう一曲・・・

ということになって登場したのが,佐野元春大友康平

 

さらにサポートとして,キーボードに原坊(原由子),ベースにハマ・オカモトを迎える超豪華布陣で桑田が作曲した「時代遅れのRockn’roll Band」を歌唱。

この曲が,お世辞抜きで素晴らしい曲だった。

 

私たち大人が,子どもたちにどんな未来を残せるのか,そんなテーマを明るく力強く歌った曲。

 

やはり桑田佳祐は国宝級の天才だ。

 

そして,結集した格好良すぎる親父たちの熱演がほとんど全ての判断基準となり,私に「白組」投票の青ボタンを押させた。

 

親父たち,ファッションは勿論格好良かったですよ。

 

でも,彼らが鳴らす音,その言葉一つ一つに表現者としての矜持が滲み出ていた。

だからこそ,音楽は素晴らしいのだ,と。

 

そう思わせてくれる珠玉のステージでした。

 

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ということで,2022年紅白出演アーティストのファッション・チェックでした。

 

音楽を語る上で,アーティストが着ている「服」にも注目したらより楽しめる,との思いでこのブログを運営しているが,最後はやはり「音楽の力」なのだなあ…と,今回桑田佳祐らのステージを観て改めて感じた。

 

子どもの命を全力で 大人が守ること

それが 「自由」という名の「誇り」さ

 

「時代遅れのRockn’roll Band」で,Charはこう歌っていた。

そのメッセージはダイレクトに,聴いている私の胸に響いてきた。

 

ブログコンセプトとしては身も蓋ない結論になるが,本質はやはり「音楽の力」なのだ。

 

そんな「音楽の力」(と,ファッションの面白さ)について,またゆるゆると記事をアップしていこうと思っています。

 

2023年もよろしくお願いいたします。

 


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年忘れジャズ・ナンバー3選

令和4年最後の日になった。

 

年末の買い出しでイオンに行ったついでにCD屋を覗いて,一枚買ってきた。

チック・コリアの,「リターン・トゥ・フォーエヴァー」だ。

 

70年代に流行した,ジャズにエレキ・サウンドを取り入れた「フュージョン」の代表的な一枚,という触れ込みだ。

 

私はこの「フュージョン」期のサウンドについては,マイルズ・デイビスの作品で知っているくらいで,正直難解なイメージしか持っていなかったのだけど,このチック・コリアの「リターン〜」はよかった。

 

何がよかったかと言うと,カタルシスが分かりやすく表出されている点だ。

特に終盤は,オーケストラのクライマックスが何度も押し寄せてくるような高揚感だ。

 

ジャンルを越えて,音楽ってやっぱり素晴らしいと思わせてくれる作品だ。

 


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今年買ったジャズ作品の中では,モダン・ジャズ・カルテットの「コンコルド」もよかった。

中学生の頃聴いていたラジオ番組で,モダン・ジャズ・カルテットの来日公演のCMがよく流れていた。

 

私のジャズ原体験は,まぎれもなくラジオから響いてきた,ミルト・ジャクソン奏でるビブラフォンの音色だ。

 

ミルト・ジャクソンの静謐なビブラフォンは,アルバムでじっくり聴いてみても,くっきりとした音像を形作っている。

 

その演奏からは,何やら「ひやり」としたものを感じる。

 

なぜかは分からないけど,「ひやり」という表現が一番しっくりくる。

 

私は,こういう表情のはっきりしている音は好きだ。

 


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ソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」も,今年買った作品の中では印象深い一枚だ。

アルバムの一曲目,「セント・トーマス」は軽快だ。

 

全然勿体ぶってなくて,ついカウンターに座って気軽に一杯やりたくなるような陽気さがある。

 

こんな小粋な曲を聴きながら,年忘れの盃を傾けるのもよさそうだ。

 


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令和4年最後の投稿は,ジャズについての記事になった。

 

今年は,もともと好きだったロックに加え,ジャズもよく聴いた年になった。

 

このブログを通して,様々な音楽について広く,そして深く感じたり考えたりするきっかけをつくることができた。

 

そして何より,当ブログにいつも立ち寄ってくださる皆様のおかげで,日々の更新の活力をいただきました。

 

感謝,感謝です。

 

来年もよろしくお願い致します。