音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

YMOの「人民服」が私たちに語りかけること

今月の「メンズ・ファッジ」をパラパラとめくっていると,「カルチャー」のページに紹介されている本に目が留まった。

 

その本のタイトルは,「音楽とファッション」。

まさしく,当ブログ「音楽と服」のためにあるような本ではないか。

 

私はすぐにスマホを取り出し,Amazonで検索をかけてみると,今年の7月末に出たばかりの新刊だった。

迷わず「購入」をクリックする。

 

そうして昨日,その本は我が家に届けられた。

 

「はじめに」には,筆者の青野氏が若い頃からYMOの音楽に入れ込み,とりわけ高橋幸宏からの影響が大きいこと。

そこから音楽とファッションについての興味が広がっていったことが書かれていた。

 

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高橋幸宏というと,言わずと知れたYMOのメンバーであり,先頃ラストアルバムをリリースしたメタファイヴの中心人物でもあるが,その肩書きに「ファッション・デザイナー」があるくらい,ファッションにも造詣が深い人物だ。

 

そして,YMOのファッションといえば,最も知られているのは「人民服」ではないだろうか。

 

彼らの出世作となった「ソリッド・ステイト・サバイバー」のジャケットでメンバーが着ているあの赤い服だ。

 

この「人民服」は実は本当の人民服ではなく,古いスキーウェアがモチーフになっているそうだ。

デザインしたのは,勿論先述の高橋幸宏

 

YMOのビジュアル戦略

まだ世界的ブレイク前夜のYMOについて,細野晴臣は次のように語っていたそうだ。

 

「ヴィジュアルは,外国人の日本人に対する典型的なイメージーフジヤマゲイシャ的な,時折ハリウッド映画でもそういうのがあったりするけどー,それを逆手に取ったものでいく」

 

人民服を着てコンセプチュアルに行われた欧州ツアーから人気に火が点き,逆輸入的な現象で日本でもブレイクしたYMO

 

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アルバム「増殖」(1980)に収録されている「スネークマン・ショー」を聴いていても,確かに外国人から見た日本人のイメージをうまく利用して,シニカルかつシュールな笑いを見事に音楽と融合させている。

 

例えば,「若手音楽家と80年代ロックシーンを考える」というテーマでの対談では,若手音楽家の面々が自身の立場と実績を基にロックの在り方について討論し合っている。

 

こんな感じだ。

 

「一日に8時間ロックを聴きまくって生活している。そんな生活をしてみて思うのは…」

「レコード5万枚持っていて,しかもLPのロックばっかり…」

「僕なんて8万枚ですよ。それを毎日聴きまくってる。そんな僕に言わせると…」

「ロックを理解するには,ファッションと切り離せない。僕は今シルバーのロンドンブーツを履いている。ロンドンブーツ10足くらい持ってますよ。だから,そういうふうに生活にロックを取り入れることから考えると…」

「今度レコードのプロデュースやる。しかもニューウェーブよ。そうして実際にロックをつくってみて思うのは…」

 

こんな彼らが最後に使う決め台詞は全て同じだ。

 

「ロックには,いいものもある。悪いものもある。」

 

互いに「君とはちょっと違うんだけどね」と牽制し合いながら,結局は皆同じことを言って話が平行線で終わるという,何ともシュールな展開。

 

見てくればかりを重視して,本質を理解しようとしない当時の音楽業界を風刺していると取れなくもない。

 

ただ,それを全面に押し出すわけではない。

 

実はこの対談中,小声でYMOを推す人物がいる。

 

「僕はYMOがいいと思…」

「僕も,やっぱりYMO…」

「やっぱりファッションなら人民服…」

 

しかし,彼の声はいつも他の誰かに途中でかき消され,最後まで聞くことはできない。

このように自虐ネタを織り交ぜつつ,クスっと笑えるような小品になっているのは,彼らの秀逸なバランス感覚の証ではなかろうか。

 

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細野が語っていたように,YMOには当初からある程度明確なビジュアル戦略があった。

 

それが奏功したのは,当時の世界的視座から,日本人がどのように見られていたのか,そこで自分たちをどのように売り出していくのか,ある意味冷徹に考えていくプロセスがあったからだろう。

 

だからこそ,彼らの作品は時代性を内包しつつ,一定の普遍性をもつものになった。

 

YMO「PUBLIC PRESSURE」ブックレットより


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ビジュアル戦略のその先~妄想と余白~

YMOが当初から日本を飛び越して,世界(とりわけ欧州)での成功を目論んでいたのは,彼らのビジュアル戦略からすると自然な成り行きであったのだろう。

 

ところで,高橋幸宏がデザインした「人民服」が日本の聴衆にどのように受け入れられていったのか。

またその時代背景について,「音楽とファッション」では以下のように綴られている。

 

一般に,情報からの距離(文字どおりの距離だけでなくタイムラグも含む)が離れれば離れるほど,オリジナル情報は歪んだり誇張されて届く。いまのようにインターネットがなかった時代,メディアの情報を受け手が独自に想像(妄想)を働かせて解釈し,口コミで他者に伝えるといったことは当たり前に行われていたわけで,そこから生じる誤解もまた情報とともに伝えられていた。ところが,ことカルチャーにおいてはそうした情報の歪みがや誇張が思いがけず新たな事象への興味や出合いをもたらすこともあるのは,実に面白いところでもある。たとえば,YMOの赤い「人民服」ー繰り返すが,日本の古いスキーウェアがアイデア・ソースであるーは,人民服と誤解されたがゆえ,そこから中国への興味を促し,キッチュな中国雑貨の魅力を知らしめることとなった。

現代では,誤解を生むような表現は避けられる傾向にあり,それはそれで現代の「正しさ」だと思う。その一方で,わかりやすさが前面に出た表現ばかりになってしまうのはなんだか貧しいように感じてしまうのも正直なところだ。受け手が想像し妄想する余白は,いまやアートが特権的に持ち合わせるものとなっているが,ポピュラー・カルチャーのなかにその可能性を注意深く潜ませる表現が生まれてきはしないだろうか,と考えてしまった。

青野賢一「音楽とファッション~6つの現代的視点~」RittorMusic

 

なかなか興味深い考察である。

 

情報の拡散スピードが当時(1980年代)と雲泥の差である現代では,「誤解」は命取りになり兼ねない。

自然,「伝え方」は分かりやすく無難なものになっていくのだ。

 

だけど,ポピュラー・カルチャーにも「妄想する余白」は必要じゃないかい?と言っているわけだ。

 

情報化社会は,確かに人間に一層の繁栄をもたらした。

インターネット上には有象無象の輩が集まり,影響力のある者の発信に一喜一憂し,「よからぬ発信」と見なされれば集中砲火を浴びる(それを人々は「炎上」と呼ぶ)。

 

情報化社会によって,世界が広がったと我々は思っているが,ひょっとすると,その「余白」から生まれる「想像力」を搾取されているのかもしれない。

 

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メタファイヴのラストアルバムに「ザ・ホーンテッド」という曲が収録されている。

 

この曲には,英詞ではあるがこんな歌詞がある。

 

打ってはよける 防弾,無敵

そうやって王座を勝ち取るんだ

堕落させて レースで勝って

そうやって独りっきりの人生を歩むがいい

 

当て逃げ それでおしまい

そうやって全ての争いは片付く

勝手に分割して 切り離して

そうやって君の逃亡生活が始まる

 

「ザ・ホーンテッド」(和訳)

 

この歌詞の意味をどう解釈するかはリスナーに委ねられている。

 

私には,「余白」がなくなった現代のインターネット社会の闇について告発しているように思えてならない。

 

YMOの「人民服」は時代を越えて,我々に「表現すること」の本質とは何であるのか?という問いを突き付けている。

 



トム・ヨークって実は物凄くお洒落だったという話

私が大学生の頃,レディオヘッドは世界一影響力のあるバンドだった。

 

村上春樹の小説「海辺のカフカ」でも,家出したカフカ少年は「レイディオ・ヘッド」を愛聴していた。

 

だから私も彼らの音楽を理解したいと思って,当時代表作とされていた「OK Computer」を買って通学の時にずっとポータブルCDで聴いていたけど,なかなか理解できなかった。

 

まだ小僧だった私には,彼らの音楽が持つ深遠さを「難解な」音楽としか捉えることができなかったのだ。

 

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数年後,私が社会人になって間もない頃,レディオヘッドは「In Rainbows」というアルバムをリリースした。

とてもシンプルでいて,情感たっぷりの深みのある世界に惹き込まれ,私はこのアルバムを何回も聴き返した。

 

その時のことについては,以前記事にしています。↓

sisoa.hatenablog.com

 

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ところで,私はレディオヘッドや,そのフロントマン・トム・ヨークのサイドプロジェクトであるアトムズ・フォー・ピースのライブを数回目にしている。

「rockin'on」2010.10

ライブでは,レディオヘッドとして2012年フジロックのトリを務めた時の素晴らしいパフォーマンスと演奏が強く心に残っている。

 

しかし,インパクトという点では,2010年にアトムズ・フォー・ピースとして来日した時のほうに軍配が上がる。

 

何がって,まずはトムの衣装に度肝を抜かれた。

上の写真を見てほしい。

 

トリコロールカラーのヘッドバンドに,ブルーのタンクトップだ。

それでマラカス片手にクネクネ踊るのだ。

 

世間でいうところの「ロックン・ロールバンド」と呼ばれる人たちをこれまで数多く目にしてきたが,こんな格好でステージに立つ人は初めて見た。

 

トム・ヨークという人は,音楽的センスもかなり常人とはかけ離れているが,ファッションセンスという点でも,突き抜けたところがあるのだということを実感する体験であった。

 

ちなみに,ベースのフリー(レッチリ)はピンクのタンクトップだった。

 

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2013年11月に新木場スタジオコーストでライブをした時の衣装もなかなか個性的だ。

「rockin'on」2014.02

なんとスカートである。

 

まあ,イギリスにおいては伝統的な民族衣装として男性の着用もアリという文化的背景があるにせよ(マニックスのニッキーなんかはよく履いてますね),なかなかシックに着こなしている。

 

全体的にダークトーンで抑え気味にしているが,オレンジの靴下と靴紐の色味を合わせ,色調のバランスを取っている。

 

スニーカーは,アディダスの「キャンパス」だろうか?

 

品のいい「抜け」の演出の仕方だと思う。

 

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トム・ヨークは奇抜な格好をする人,というイメージが先行してしまうかもしれないが,実は普段は「ちゃんとカジュアルな」格好をする人だ。

 

2012年にフジロックで観た時には,こんな衣装だった。

Fujirock2012 at Greenstage

黒のTシャツに黒のスラックスという,ごくごくシンプルなスタイル。

トム・ヨークと言えば,こういうシンプルな格好をする人,という印象の方がむしろ強い。

 

ひと頃のレディー・ガガのように,常に奇抜な格好をして世間を驚かすわけではなく,たまーに面白い格好をして「おっ」と思わせてくれるところに,トムのシニカルなユーモアを感じる。

 

 

ところで,下の写真は,私が最も好きなトムのスタイルだ。

「rockin'on」2014.02

下の方は文字で見づらくなっているが,Gジャンの下のインナーの丈であったり,黒のボトムスのサイズ感,全体的なシルエット・色調といい,白のアディダス(スーパースターか?)といい,とてもバランス感覚に優れている。

 

普通にお洒落ですよね。

 

でも,意外と音楽業界って,こんなふうにさりげなくカジュアルお洒落ができる人が少ないように思う。

 

ステージ衣装が映えるアーティストはいくらでもいるが,トムのように普段着感覚でさらっと衣装を着て,物凄いライブをして帰るアーティストはなかなかいない。

 

新たなプロジェクト・「The Smile」も気になるところです。

まだ聴けていないけど。

 

最後に一曲は,今聴いても革新的。

2001年の「Kid A」より「ナショナル・アンセムズ」。

 

初めて聴いた時には気づかなかったけど,これ,だいぶ1970年代のマイルズ・デイビスに影響受けてますね。

 

それでは,よい週末を!


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ローデッド!!

最近,一日の中で音楽に触れる時間は,早朝に仕事をする時間帯と,通勤,退勤時にカーラジオを聴く時間に限られている。

 

早朝の時間帯はあまり音量を上げると近所迷惑だし家族も起きてしまうので,かなり絞っている。

 

そのため,BGMとしてあまり耳に残らず,最近買ったCDもあまり聴き込めずにいる。

 

ちなみに一番最近買ったのは,アークティック・モンキーズの2018年リリースの現時点での最新作。

なかなか新鮮な切り口で,じっくりと聴き込みたい作品です。

 

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ところで,退勤中に聴いていたカーラジオで,某ディレクターのおすすめセレクションというのをやっていて,ストーン・ローゼズ「フールズ・ゴールド」を流していた。

 

「へえ,珍しい。」

 

思わず呟いてしまった。

ストーン・ローゼズはたまにラジオでも聴くが,かかるのは「エレファント・ストーン」ばかりで,若干クセのある「フールズ・ゴールド」は珍しかった。

 

怠惰なイアンのボーカルと,弾きまくってるジョンのギタープレイが心地よいファンク・ナンバー。

 

この「フールズ・ゴールド」をラジオで聴けるだけでも貴重なリスニング体験だったが,続いてプレイされたのが,ハッピー・マンデーズ「キンキィ・アフロ」

 

1980年代後半に,クラブ「ハシエンダ」を発信地としてイギリス中に広がりを見せた「マッドチェスター」ムーヴメント。

 

この,「マッドチェスター」の中心的なバンドがハッピーマンデーズだった。

 

イギリスでは流行ったものの,90年代半ばに世界を席巻した「ブリット・ポップ」ムーヴメントほどの影響力はなく,短期間で収束したムーヴメントではあるものの,私はこの時代に登場したストーン・ローゼズハッピー・マンデーズ,スミスなどのUKバンドが大好物なのである。

 

「キンキイ・アフロ」なんて,ハピマン好きにはベタなヒットソングだけど,一般的な知名度は低い曲なので,これまたラジオで聴くことができた幸運に,帰路の渋滞によるストレスも若干緩和された。

 

この選曲を担当した某ディレクター,なかなかできる人物のようだ。

 

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「キンキイ・アフロ」でトリップしていた私の耳に,これまた聞き覚えのあるイントロのコーラスが流れてきた。

 

サンプリングしてあるため,「キンキイ・アフロ」のアウトロと重なってはいるが,この奔放なコーラスには耳馴染みがある。

 

間髪入れずに入ってくるシンセサイザーの音色に,私は手を打った。

 

ローデッド!!

 

 

プライマルスクリームの「ローデッド」だ。

 

ボーカルがほとんどなく,インスト中心の曲である。

ボビー・ギレスピーはたまに「オー・イエー!」と叫ぶくらい。

 

あとはコーラスとピアノ,ベース,パーカッション,シンセ・サウンドが中心。

 

だけど,この曲全体を包む「多幸感」はどうだろう。

 

この独特の「多幸感」というのは,なかなか他にはないものだ。

敢えて言えば,先ほど挙げたストーン・ローゼスの作品に近いものを感じる。

 

ロックン・ロールという音楽が元来もつ「勇壮さ」であったり「哀愁」であったりといった文脈から一定の距離を置いた,何かを諦めているような,かつ圧倒的な「多幸感」。

 

私は20代前半でこの「ローデッド」が収録されたプライマルスクリームの3rdアルバム「スクリーマデリカ」に出合い,音楽の聴き方が広がった。

 

それまでは分かりやすくポップな曲や激しい曲,ギターリフ際立つカッコいい曲,または心沁みるバラード曲などが好きだったが,世の中にはこの「ローデッド」のように,「なんだかよく分からないけど気持ちいい曲」もあることを悟ったのだ。

 

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そしてそのような曲を鳴らすバンドは,1980年代後半~1990年代前半に集中しているようだ。

先に挙げたストーン・ローゼスやハピマンは勿論,マイ・ブラッディ・バレンタインなんかもその文脈だと思う。

 

「気持ちよさ」って,音楽を聴くうえでは重要な要素のひとつですよね。

 

久しぶりに,ロックのもつ「多幸感」に触れて,浸ってしまったという話でした。

 

秀逸な3曲をチョイスしてくれた某ディレクター,滅茶苦茶いい仕事してくれました。

 

 


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ジョンに憧れたリアム

オアシスはいくつかライブDVDを出しているが,2000年夏にウェンブリースタジアムで行われたライブの様子を収録した「ファミリアー・トゥ・ミリオンズ」は同名でCD化もされ,オアシスファンにとっては最も馴染み深いライブ盤と言えるのではないだろうか。

 

このライブの冒頭はなかなか凄い。

オーディエンスの熱気はのっけから最高のヴォルテージ。

インスト曲の「ファッキン・イン・ザ・ブッシーズ」が鳴り響く中,ノエルはじめメンバーが位置につくのを割れんばかりの歓声と拍手で迎える。

 

アラン・ホワイトのドラムスでスタートしたのは,「ゴー・レット・イット・アウト」!

 

カメラは,ようやくフロントマンのリアム・ギャラガーを映し出す。

 

「Paint no illusion,try to click with whatcha got…」

(幻を描くんじゃない お前が手にしたもので何とかうまくやっていくんだ)

 

例の如く,自分の身長より高いマイクスタンドから見上げるように最初の歌詞を空へ放つ。

Liam Gallagher(Summer of 2000 at Wembley Stadium)

初めてこの映像を観た時に,私は衝撃を受けた。

 

オーディエンスの熱気にではない。

これくらいのテンションは,オアシスのライブではもはや「当たり前」である。

 

衝撃を受けたのはリアムの姿形だった。

 

ジョン・レノンじゃないか…。」

 

長く伸ばした髪,丸いサングラス,デニムのカバーオール…。

どこをどう取っても,ジョン・レノンなのだ。

 

勿論,似ているのは見た目だけで,相変わらずのガニ股だし,タンバリンを後ろ手に持って空を見上げるように歌うのもいつものリアムなのだけど。

 

結局,ライブの最後までリアムはサングラスを取ることはなかったし,カバーオールを脱ぎ捨てることもしなかった。

 

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リアムが「参考」にしたと思われるジョンのスタイルは,おそらく下の写真のジョンだろう。

John Lennon「Power To The People The Hits」ブックレットより

70年代半ばのものと思われる。
ビートルズの解散後,70年代前半は精力的にソロアルバムをリリースしていたジョンだったが,息子のショーンが生まれると,「ハウスハズバンド」宣言をして5年の長い育休生活に入る。

 

1980年に暗殺されたのは,彼が音楽活動への復帰を宣言して間もない頃だった。

 

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ところで,そんなジョンへの憧れを語っているリアムの貴重なインタビュー資料が残されていた。

 

俺的に言うと,もうジョン・レノンがすべて,以上!そこらへんにいるふつうのやつと同じだってのは頭でわかるけど,あのメロディとボーカルはふつうじゃないじゃん。ビートルズは毎日聴いてるよ。

初めて聴いたのは17の時かな。よく5歳でビートルズに目覚めたとか言ってるのがいるけど絶対見栄張ってるだけだぜ。そんなガキのときに音楽がわかるやつがいるかよ。俺なんかクルマのおもちゃとかで遊んでただけだしよ。

最初にハマったのはストーン・ローゼスで,そのあとちょっとサイモン&ガーファンクルがいいなと思って,そのあとビートルズでドッカーンていう。そのままいまでもドッカンきてると。

ジョンの揺り椅子も持ってるし,マハリシに会いに行ったときのネックレスも一揃い持ってる。自分でつけるかって?つけねえよ,そんなもん,もったいねえじゃん。あとジョンのしてた腕時計もあるし,ジョンが描いた絵もけっこう集めた。(中略)

ダコタ・ハウスにも行ったよ。ヨーコとお茶飲んだ。あそこにいる間ずっと変な気分で,『なんだなんだ,何が起こってるんだ?』ってかさ。ヨーコは最高だったよ。オアシスを好きだって言ってくれたけどホントかね?曲ってより俺たちのことが好きなんじゃないかな。

ジョンの曲は全部好きに決まってんだろ,ビートルズのもプラスティック・オノ・バンドのもさ。でも一番グッとくるっていったら,”アクロス・ザ・ユニヴァース”だよな。全体のノリが好きなんだよ,ナイスでスイートじゃん。

インタビュー:Liam Gallagher 「rockin'on」2013.01より引用

 

これを読んでいると,ただの追っかけじゃんかと疑いたくなるが,何とも単純でリアムらしいエピソードだ。

 

持ち物やファッションへの影響に加え,音楽面でもジョンからの影響は伺える。

 

私はソロ時代のジョンに関してはあまり詳しくないが,ビートルズ時代のジョンについては,リアムが言ってるように「アクロス・ザ・ユニヴァース」や「オー・ダーリン」などに代表されるようにピュアでシンプルなラブソングを歌っていたイメージがある。

 

その反面,「フール・オン・ザ・ヒル」や「レボリューション・ナイン」など代表されるように,「幽霊が出そうな」不気味な曲も多いなという印象。

 

私としては,ジョン・レノンと言えば後者のイメージが強い。

特に「ホワイト・アルバム」のディスク2に関しては,「レボリューション・ナイン」が入ってるばかりに,他の曲がいかによくてもあまり積極的に聴こうとは思わないくらいである。

 

リアムはオアシス後期,ビーディー・アイ期,ソロの初期では自身でソングライティングをしていたが,彼が書いた楽曲を聴いていると,前者のシンプルなラブソングを歌うジョンに強い影響を受けていると見受けられる。

 

あくの強いキャラクターとは裏腹に,リアムのつくる曲は頰撫でる風のように柔らかく,胸に沁みる名曲も多い。

 

「ソングバード」は,彼の曲の中でも私が特に好きな,美しい曲です。

 


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どこかに,ジョンの魂が生きてるんだろうな。

アークティック・モンキーズの変貌

ロッキング・オン.com」に,アークティック・モンキーズがLAで開催されたフェスの大トリを務めたという記事が出ていた。

 

rockinon.com

 

アークティック・モンキーズ

2000年代以降のUK・USロックに少しでも触れたことがある人で,彼らの名を知らぬ者はいないのではなかろうか。

 

2006年,イングランド北部から突如として現れた4人の少年たちは,瞬く間に世界を席巻した。

1stアルバム「Whatever People Say I Am That's What I'm Not」(長すぎていまだに覚えきれない!)はデビューアルバムとしての全英初動売り上げ記録を更新し,ここ日本でも10万枚以上のヒットを記録した。

 

この2000年代中期には,彼らの他にもザ・ビュー,カイザー・チーフス,ザ・クークスなどイギリス出身の良質なギターバンドが多数出てきたが,そのようなバンドとアークティックスはあまり同じ括りでは語られない。

 

それくらい彼らは初めから図抜けた存在感を誇っていたし,ある意味完成された「ロックン・ロール」の型を持っていた特異なバンドだった。

メンバーは当時20歳にも届かない年齢だったのにも関わらず,だ。

 

アークティックスに関しては,ベラドンナさんのブログに詳しいです。↓

liurisanyue.hatenablog.com

 

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ところで,アークティックスはファッション変遷も著しいバンドだ。

 

彼らの装いの変化については,2014年2月の「ロッキング・オン」で粉川しのさんが言及していた。

 

ご存知の通り,アークティック・モンキーズのアレックス・ターナーの現在のビジュアルはリーゼントでロカビリーだ。でも,少し前の彼はロン毛をなびかせ,お洒落なジャケットを羽織っていた。そしてもっと前の彼は,お世辞にもお洒落とは言えない伸びきったTシャツを無造作に着ていた。そんなアレックスの外見の変遷は,アークティックの音楽性に合わせてコンセプチュアルに整えられたものではない。私やあなたも経験したように,年を重ねれば(服の)趣味も変わるものだという,しごく自然な成り行きに尽きるものだ。そしてアークティックの凄さとは,彼ら自体もそうやって,まるで人間が大人になるように当たり前に成長してきたバンドだということだ。

text by  粉川しの 「rockin'on」2014.02より引用

「AM」(2013)ブックレットより

記事の中で粉川さんも触れているように,2013年のアークティックス,とりわけフロントマンのアレックス・ターナー(左端)はリーゼントだった。

ファッションも「古き良きアメリカ」を彷彿とさせるロカビリースタイル。

このようなスタイルについて,アレックス本人はインタビューで以下のように語っている。

 

「あそこの床屋に行って,『顔面移植以外の方法で,できる限りエルヴィスに近づけてくれ』,みたいなことを言ったんだけど。これはバンドの中の競争のようなものなんだ。いつもみんなをあっと驚かせようとしているからね。まあ,俺はフォワードみたいなものだから,率先してバカをやるべきじゃないか,って思ったんだよ。

アレックス・ターナー 「rockin'on」2014.02より引用

 

いわゆる「乗り」でやったんだみたいなことを話しているが,それでも様になっているのだから憎い。

 

アークティックスはこの2013年にリリースした「AM」で久しぶりの世界的なヒットを飛ばし,デビュー作以降やや停滞していた評価を覆し,完全復活を遂げた。

 

当時メンバーがLAに移住し,その土地の空気を吸いながら制作された「AM」からは懐の深い,どっしりと構えた骨太なグルーヴが聴ける。

彼らの当時の装いは,その自信を裏付けるものであったのではなかろうか。

 

ちなみに私がフジロックで彼らを観たのは2011年のことだったが,その頃のアレックスはロン毛で,革ジャンを着ていた。

 

デビュー当初の「青臭さ」は既に消え,風格さえ感じさせる佇まいだったのをよく記憶している。

それでも当時,まだ彼らは25歳くらいだったのだ。

 

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ところで,冒頭の引用記事で粉川さんが

 

「そしてもっと前の彼は,お世辞にもお洒落とは言えない伸びきったTシャツを無造作に着ていた。」

 

と書いていたが,デビュー当初の彼らの服装はこんな感じ。

「rockin'on」2007.2

どこにでもいる大学生,といった装いだ。

しかし面白いのは,こんな垢抜けない少年たちが鳴らすロックンロールが,恐ろしく渋くてクールだったということだ。

 

ボブ・ディランがパンクを歌っているイメージ,というのが一番伝わりやすいだろうか。

 

渋谷陽一あたりは「天才少年棋士っぽいイメージ」と評していたが,ともかく手練れで涼しい顔をして滅茶苦茶かっこいいロックをやっている。

 

性急だが,一体感があり,ギター・ベース・ドラムが塊になってグルーヴをもたらす。

 

宿命的で確信しかないロック。

「When The Sun Goes Down」はそう呼ぶのに相応しいナンバー。

 


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デビュー当初はオアシスとよく比較されていた彼ら。

しかし音楽性は全然違う。

 

叙情的なメロディーを奏でるオアシスに対し,アークティックスのそれは全く愛想がない。

 

ところが,共通する部分もある。

それは,自分たちの成功についてどこまでも確信的なところだ。

 

リアムは「俺は俺である必要がある。」と歌い,

アークティックスは音でそれを表現してみせた。

彼らの弾き出す「音」には一切の迷いがない。

確信しかない。

 

その「確信」は,作品を経るごとに,「自信」となって深みを増してきた。

 

10月には4年ぶりの新作リリースも控えているアークティックス。

 

36歳になったアレックスが今度はどんな服を着ているのか,どんなロックを鳴らしているのか,今から楽しみです。

秋になったらスピッツを聴きたくなる

なぜでしょう。

 

スピッツを聴きたくなるのは,決まって涼しくなってきてから。

 

事実,スピッツ関連の記事を書くのは半年ぶりくらいじゃなかろうか。

 

sisoa.hatenablog.com

 

これまでスピッツ関連の記事は沢山書いてきたが,何故か「ファッション」の観点では書いたことがなかった。

 

そこで,今回は90年代から2010年代にかけてのスピッツのファッションに焦点を当ててみることにする。

 

特に,一人のメンバーに注目していこうと思う。

 

マサムネではない。

 

スピッツの中でも,ダントツでファッションへの並々ならぬこだわりを感じさせてくれるあの男。

 

そう,三輪テツヤである。

 

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1 「ハチミツ」(1995年)

「ハチミツ」ブックレットより

三輪と言えば,いつもサングラスをかけていて,個性的なファッションも相まって,結構いかついイメージである。

 

しかしその実,草野の才能を高く評価していて,彼がつくってきた曲や歌詞についても,あれこれ尋ねたことは一度もないそうだ。

 

そんな彼は,90年代は派手にドレッド・ヘア。

最近は見ないヘアースタイルだ。

この時期は確か,久保田利伸もドレッドだった。

 

 

2 「スーベニア」(2005年)

「スーベニア」ブックレットより

続いて,2005年の「スーベニア」から。

この2000年代半ばというのは,現在と比べるとヴィヴィッドなコーディネートが好まれていたように記憶している。

 

草野マサムネが履いてるようなダメージジーンズや,ドラム﨑山(右端)が着ているネルシャツなどは,流行った。

確かに流行っていた。

 

ところで本題。

三輪(左端)だが,花柄の刺繍が入ったブルゾンに,ワイドパンツ,ブーツという装い。

 

流行とは程遠い,というか「流行なんて知ったことか」とでも言いそうな突き抜けたファッションセンス。

 

短髪にトレードマークのサングラスも,ハードな印象を増幅させている。

 

 

3「小さな生き物」(2013年)

「小さな生き物」ブックレットより

2013年の「小さな生き物」では,濃いデニムのセットアップにスウェット(草野),インディゴブルーのデニムシャツにオレンジスラックス(﨑山),グリーンにオレンジのラインが目立つロングTシャツ(田村)と,各メンバーがポップな装いで海岸を歩いている。

 

ところが。

あの男はどうだ。

 

脚元にはごついブーツ,はだけたシャツの下には黒のタンクトップに派手なネックレス。

 

ハーフのカーゴパンツと頭にちょこんと乗せた麦わらのハットがハードさを中和している,気がする。。

 

 

4「見っけ」(2019年)

「見っけ」ブックレットより

そして,直近の「見っけ」。

草野はじめ,各メンバー黒を基調としたシックな装いにまとめている。

 

ところで。

あの男どうだ。

 

ツーブロックどころじゃない,頭部の左半分がボーズで右半分は長髪。

このアンバランスさは凄い。

真っ直ぐ立っているつもりでも,自然と頭が右に傾いていきそうな。。

 

左上半身しか写っていないからしっかり判断はできないが,紺の法衣のような服を着ているようにも見える。

 

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スピッツのファッション変遷を,三輪テツヤ中心に紐解いてみた。

 

彼は90年代から一貫して,時代に迎合することなく己のファッションを貫き通しているのがわかった。

 

そんな三輪だが,スピッツというバンドにおいてはイニシアチブを草野に預け,チームプレイに徹している点も人間味があって余計に好感が持てる。

 

次のアルバムが楽しみです。

 

最後に,秋の曲を一つ。

 


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英国民と私が選ぶ「愛するオアシスの曲+アルバム」

ロッキング・オン.com」をチェックしていたら,ロンドン特派員の児嶋由紀子さんが興味深い記事を書いていた。

 

そのタイトルが,

「『英国民が愛するオアシスの曲+アルバム』の最新アンケート結果が発表!」

 

既に解散から10年以上が経っているものの,本国イギリスでは今なお根強い人気を誇っているオアシス。

 

イギリス国民が選んだ,オアシス曲ベスト10は以下の通りだ

 

1位 Wonderwall

2位 Don't Look Back In Anger

3位 Champegne Supernova

4位 Stand By Me

5位 Live Forever

6位 Stop Crying Your Heart Out

7位 Morning Glory

8位 Half The World Away

9位 She's Electric

10位 Roll With It

引用元サイト:「Radio X Get into the Music」

 

rockinon.com

 

「ワンダーウォール」「ドンルク」「シャンペン・スーパーノヴァ」のワン・ツー・スリーは大方予想できたが,意外なのは「ホワットエヴァー」が入っていないこと。

 

日本では多分1,2を争うオアシスの人気曲だが,本国ではさほどのことはないようだ。

 

そして,これまた大体予想通りだが,10曲中90年代の曲が9曲(2000年以降の曲は6位の「ストップ・クライイング・ユア・ハート・アウト」のみ)。

 

2000年以降にも名曲は多いオアシスの楽曲だが,やはり「クラシック」と呼ばれる曲は90年代に集中しているのだろう。

 

ところで,誰も知りたくないだろうが,私の愛するオアシスの曲ベストテンを発表したいと思う。

 

1位 Some Might Say

2位 Champegne Supernova

3位 Live Forever

4位 All Around The World

5位 Slide Away

6位 Lyla

7位 The Shock Of The Lightning

8位 Whatever

9位 Round Are Way

10位 A Bell Will Ring

 

上位はやはり,初期の楽曲群。

1位の「サム・マイト・セイ」はずっと不動。

エバーグリーンの輝きがありますね。

 

2位の「シャンペン・スーパーノヴァ」,3位の「リヴ・フォーエヴァー」はどちらも,フジロックで聴くことができた思い出の曲。

 

特に「リヴ・フォーエヴァー」は大好きで,一時期メールアドレスにも使っていたくらいだった。

 

一度,全く知らない人からメールがあり,そこに「オアシス好きなんでしょ?」と書いてあったので気味が悪くなり,結局アドレスを変えてしまったということもあった。

 

良くも悪くも,日本におけるオアシス人気の高さを再認識したエピソードだ。

 

Liam Gallagher(「Defenitly Maybe」20周年記念デラックスエディションブックレットより)

6位以降は2000年代の曲が多くを占めるが,それはリアルタイムで聴くようになった時期のアルバム曲には思い入れが強いという個人的な理由。

ノエルの趣向が変化したのも影響してか,2000年代中期以降のオアシスは,メロディーよりもリズム重視に変わっていった。

 

日本でもタイアップでよく流れていた「ライラ」や「ザ・ショック・オブ・ザ・ライトニング」あたりは,そうした「後期オアシス」を象徴する楽曲と言えるかもしれない。

 

Noel Gallagher(「(What’⒮ the story)Morning Glory?」20周年記念デラックスエディションブックレットより)



ところで,同じサイトで「一番好きなオアシスのアルバム」のランキングも発表されていた。

ベスト3は以下の通り。

 

1位 「(What’s the story)Morning Glory?」

2位 「Definitly Maybe」

3位 「Be Here Now」

引用元サイト:「Radio X Get into the Music」

 

こちらも大方の予想通り。

やはり,初期の3作が圧倒的な人気を誇る。

全部合わせて世界で4000万枚くらい売っているんだろうな。

 

ちなみに,これまた誰にも聞かれてないけど,個人的なベスト3はというと

 

1位 「(What’s the story)Morning Glory?」

2位 「Be Here Now」

3位 「Don't Believe The Truth」

 

1位の「モーニング・グローリー」は不動として,2位は「ビィ・ヒア・ナウ」。

凋落のきっかけと不評をかこうことも少なくない3作目だが,私はこの作品が大好き。

 

曇り空を切り裂いて飛ぶヘリコプターの音から始まる1曲目(「D'you Know What I Mean?」)からリプライズされたラスト曲「All Around The World」が終わり,静かな足音が遠のき,やがてドアが閉められるまで。

 

美しい構成に粒揃いの名曲ばかりで,大学生の頃夢中で聴いていた。

 

 

3位の「ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース」は後期の名作。

アンディやゲムも作曲を担当するようになり,黄昏感のある名曲たちが揃っている。

 

皆さんの好きなオアシス曲,アルバムは何ですか?

 


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私事ではありますが,本日ブログ開設から一年が経ちました。

 

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皆様と楽しく交流をさせていただき,あっという間の一年でした。

 

今後ともよろしくお願い致します。