スターマン
駅のプラットフォームに向かう途中の階段で,光る物が目に入った。
気になったので引き返して,目を凝らすと,ピアスだった。
白い花柄の上品な装飾が施されている。
しかも,よく見ると最初に拾ったピアスが落ちていた階段の上の段に,もう片方も落ちていた。
とりあえず拾い上げ,駅事務室に落とし物として届けた。慌てて戻ったら,何とかいつも乗る電車には間に合った。
それにしても。
何故,あんなところにピアスが落ちていたのだろう。
しかも,ひとそろい。
その日は仕事の案件について通勤電車の中で考えをまとめようと思っていたが,どうしてもそのピアスのことが頭から離れなかった。
誰が,どういういきさつであれを落としたのだろう。
勝手にストーリーを想像してみた。
完全妄想短編小説です。
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男は空を見上げた。
相変わらずの曇天。
こんな天気の日は,ただでさえ物憂げな印象をもたれがちな顔が,なおのこと陰鬱に映る。
男は,ゆっくりと,しかし確実に歩を進める。
向かう先は,二日前に別れた彼女のアパートだ。
「合鍵はポストに入れておいて。私のいないあさってにしてね。」
彼女にはそう言われていた。
男は,もちろんその通りにするつもりだった。
別れを切り出されたのはその日の夜のことだった。
いつも通りバイト帰りに電話をかけたら,彼女はいつも通り起きていてくれて,その日にあった出来事を聞いてくれた。
ひと通り話終わった後で,彼女は思い付いたように呟いた。
「私たちさ,そろそろ終わりにしようか。」
なんでそういうことになったのか,男は聞かなかった。
どんな話をして電話を切ったのかも覚えていない。
何はともあれ,終わったのだ。
男は,ゆっくり,しかし確実に歩を進める。
そして,彼女のアパートの前に立った。
ポストに鍵を入れれば,全ては終わる。
男は,ポストの前にしばらく佇んでいたが,ふと考えついて,鍵を使って部屋に入った。
部屋の中は,何も変わっていなかった。
男は週末は大体,彼女の部屋で過ごしていた。
キッチンには男のマグカップが置いてあったし,洗面所のコップには男の歯ブラシがまだ差してあった。
おとつい,別れようと言われたのは本当なのか。。
そう思わないでもなかったが,とりあえずそれらの品を片付けることにした。
一つ一つ処分しているうちに,ダイニングテーブルの上にピアスが置いてあるのを見つけた。
去年のクリスマスに,男が彼女に贈ったものだった。
普段はそんな所に置くことはない。
男には,彼女がわざとそこに置いたような気がした。
ピアスをポケットに入れると,持ち物の処分の途中だったが,男はアパートを出た。
鍵を締め,ポストに放り込む。
これで終わり。
男は,駅に向かう曇天を見上げて,呟いた。
今にも雨粒が落ちてきそうな空だった。
駅に着くと,昼過ぎということもあり,人気はまばらだった。改札を抜け,プラットフォームに向かう。あと少ししたら,大学の講義を終えた彼女がこのプラットフォームを降りてくるだろう。
もう,会うことはないのだろうけど。
男はふと,この階段にピアスを落としていけば,彼女は気づくだろうかと考えた。
気づいても,そのまま通り過ぎるだろうな,とも思った。
でも男には,ピアスをそのまま持っておくこともできなかった。
男は,階段の段違いにピアスをそっと置くと,そのままプラットフォームへ上がった。
男はiPhoneを取り出した。
無性に音楽が聴きたくなったのだ。
選んだのは,デヴィッド・ボウイの「スターマン」。
理由はわからないが,「スターマン」じゃないといけない気がした。
プラットフォームの屋根の間から,鉛色の空が見える。
雨が落ちてきた。
雨粒が前髪を濡らしても,男はじっと佇んでいた。
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このストーリーなら,そのピアスを彼女やなくてお前が拾ってるやん!と突っ込みが入りそうですが,興に乗って長々と書いてしまいました。
たまたま拾ったピアスからどんどん話が広がっていって,結構楽しんでしまった。
いや,たまたまバッグから落としただけだとは思いますよ。多分ね。
「音楽と服」立ち上げ以来,最もくだらない回でした。
最後まで読んでくださった人は本当にいい人です。
ありがとうございました。