デヴィッド・ボウイ最後のポートレートに思うこと
馴染みにしている床屋がある。
大学生の頃,20歳くらいからなので,かれこれ15年以上は通い続けていることになる。
大学の近くにある商店街の一角にある理髪店で,部活の仲間が通い始め,私も通うようになった。
店主は当時40代後半の親父。
小柄ながら,ストリートファッションを小粋に着こなすお洒落さんだった。
その店主と,別の店で10年ほど修行を積んだ後,この理髪店に来た30代のお兄さん二人で切り盛りしていた。
今から7年前,店主の親父は地元に戻ることになり,その理髪店はお兄さんが引き継ぐ形となった。
私はずっと店主に切ってもらっていたので,そのタイミングでお兄さんに担当が変わった。
私自身もちょうど30代になった頃だったので,それまでの短髪から少し落ち着いたスタイルへと変えることができたのは,お兄さんのセンスのおかげだと思っている。
お兄さんは,いつもシンプルなロゴが入った白のロングTシャツにジーンズというカジュアルな格好をしていた。
大抵は茶髪をオールバックにしていて,なかなかのイケメンだ。
先週末,いつも通り日曜の朝9時にお店を訪れると,迎えてくれたお兄さんの格好がいつもと随分変わっていた。
髪を黒にし,白シャツに紺のジレ,紺のスラックスというフォーマルな格好。
「どうしちゃったんですか?」と尋ねると,そういう質問がくることを予め想定していた様子で,訥々と理由を話してくれた。
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常連さんの中に,いつも髪を切りながらボヤいている人がいるらしく,そのボヤキの中にはたまに「おっ」と思わせられるアイデアが紛れているということ。
入れ違いで来た別の客が言うには,そのボヤキの客は実は某一流企業のトップ営業らしい。
さすが含蓄のあることを言うものだと感心していたそうだが,そのボヤキの客が最近店を訪れた時に,いつものロンTにジーンズ姿のお兄さんを見て,こんなことを言ったらしい。
「ダメだよそんな格好してたら。世の中が今どんどんカジュアルになっていってるから,その逆を行かないと。」
前々からその客のボヤキには何かあると思っていたお兄さんは,その提言を受け入れることにしたらしい。
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なるほどね。。
確かに,色んなものが多様化している今の時代,逆にカチッとした装いは新鮮に映るのかも知れない。
そこでわたしが思い出したのが,2016年初頭に亡くなったデヴィッド・ボウイの最後のポートレート。
この写真は,数あるボウイのポートレートの中で,私が最も好きな一枚だ。
無地のスーツにやはり無地のグレイのタイ,黒のハットという,限りなくシンプルなスタイル。
デヴィッド・ボウイと言えば,この「音楽と服」で紹介するのは憚られるほど,余人が真似できない個性的なファッションで自己表現し続けた唯一無二のアーティストだ。
ボウイにとってのファッションとは,その音楽と切って離せない。
私はボウイの死後一年後に開かれた企画展「David Bowie is…」を観に行ったことがある。
出張で上京した際,昼間の仕事が終わるとすぐに会場になっていた天王洲アイルの倉庫街に走った。
終了前1時間ほどだったが,そこそこ人も入っていた。
ジギー・スターダスト期から,山本寛斎と組んで仕事をしていた頃の衣装,ベルリン三部作期の衣装など,こだわり抜いた衣装が時代ごとに趣向を凝らした展示で会場を彩っていた(この企画展にはボウイ自身が生前に訪れ,感激のあまりしばらく立ち尽くしていたという逸話が残っている)。
順路の最後には,一面スクリーン貼りの空間で,ボウイのライブが放映されていた。
私はあまりの迫力とその熱量に,その場を動けなくなり,結局終了の時間まで見入ってしまった。
ボウイにとって,音楽と身につける服はまさに自己表現そのものだった。
余談になるけど,今回はテーマとして曲云々より着ている服のことが話題の中心になっているが,私はボウイの作る楽曲がとても好きだ。
何というか,見た目とは裏腹に,彼の作る楽曲にはそこに肉体性というか,人間臭さが宿っていて,温かみがある。
時代ごとにテーマは変わっても,そこに流れる血脈は,いつも変わらないように思えた。
ボウイにとっては,自分をどのように見せるのか,偶像としてどう振る舞うべきかは,大きなテーマであったように思えてならない。
だからこそ先に紹介した,ボウイ最後のポートレートには驚かされた。
あのデヴィッド・ボウイの最後が,何の変哲もないスーツ姿なんて。
でも,写真の中のボウイは見たこともない満面の笑みだ。私はこの表情のボウイが,たまらなく好きだ。
デヴィッド・ボウイの心中を推し量ることは難しいが,最後の最後は一番シンプルなスタイルに立ち返りたかったのかも知れない。
だってこのスタイルのボウイが,もっとも自然な彼の表情を映し出しているように思えるから。
冒頭のボヤキの客の話を聞くにつけ,やっぱり,最後の最後まで,デヴィッド・ボウイは時代の最先端を行っていたのだなと妙に納得してしまった。
ちなみに,フォーマルな服装に変えたお兄さんの店にはその後,40〜50代女性の客層が新たに加わったらしい。
淑女に評判がいいことには満更でもない様子であった。
今度は,私も是非ボヤキの客に提言をもらいたいと思っている。