夏の日のモンキーマン
今週のお題「忘れたいこと」
Kemuriが好きだった。
もともとスカに対する憧れがあり,10代の頃からスペシャルズやらマッドネスやらを聴いてきた。
なんというか,あの,横ノリのゆるーい感じがよくて,ヘッドバンキングをするようないわゆる縦ノリは逆に少し苦手だったりします。
で,Kemuri。
今でこそ,スカパラに代表されるように,日本にもスカ・バンドは数多存在するけど,昔は日本のバンドでスカっぽいことをやっているのはごく少数だった。
ブルーハーツみたいな(世代的にはハイロウズなのだけど)ストレートなロックも好きだけど,「スチャ・スチャ・スチャ・スチャ…」と細かなビートを刻むスカにお洒落な感じを見出して,ポッドショットや後期スネイルランプあたりを聴いていく中で出会ったのがKemuriだ。
代表曲は上の「PMA」・・・だと思う。
これ,最近のMVですね。
みんな,オッサンになったけど相変わらずジャンプしてます。
久しぶりに聴いたけど,やっぱりいい曲はいつになってもいいですね。
前向きになれます。
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Kemuriの活動休止期間中だった2010年には,ソロでフジロックのステージに立っている。
フジロックの会場の中でも最奥にあったオレンジ・コート。
キャンプサイトから最も近いレッド・マーキーからは徒歩で40分以上はかかる場所だ。
このステージでは,スカやボサノヴァなど,わりと伸びやかに聴ける雰囲気のアーティストが多数出演していたこともあり,私もよく通っていた。
ちなみに,残念ながら現在は閉鎖されている。
このオレンジ・コートに,伊藤ふみおはソロで出てきた。
当時からKemuriの熱心なファンだった私も,彼の十八番のジャンプをひと目観ようと駆けつけた。
フジロック3日めの昼下がり。
カンカン照りのピーカンだ。
疲労はピークに達している。
それでも,目の前には憧れのKemuriのボーカリストが歌っている。
彼のソロ曲で知っている曲は少なかったが,それでも心地よいリズムに身体は自然に動く。
突然,耳に覚えのあるイントロが流れた。
畳み掛けるようなドラムから,「アイアイヤ~!」と一声。
スペシャルズの「モンキーマン」だ!
私のテンションは爆上がりだ。
だって,憧れのスペシャルズの名曲を,これまた憧れの伊藤ふみおがカバーしてるんだから。
テンション上がるだけならよかったが,持っていたハイネケンをガブ飲みした私は,ジャンプして猿踊りを始めてしまった。
30度を超える猛暑の中,カンカン照りの太陽の下,帽子も被らずに破茶滅茶に踊り散らかしたのだ。
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そのツケはほどなくして表れる。
その後,グリーンステージに移動してヴァンパイア・ウィークエンドのステージを観ているあたりから,ズキズキと頭が痛みだしたのだ。
最初は飲み過ぎだろうと思って放っておいた。
しかし,夕闇が訪れ,トリ前のアトムズ・フォー・ピースが演奏を始めた頃には,頭痛に加え寒気までしだした。
典型的な熱中症の症状だ。
意識が朦朧とする中,トム・ヨークが歌っている姿,フリーの無骨なベースを目と耳に焼き付け,うしろ髪引かれる思いでキャンプサイトに戻ることにした。
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フジロックのキャンプサイト近くには水や簡易的なキャンプ道具を販売する店がある。
意識朦朧になりながら,その店に薬が販売されていたことを思い出した私は,立ち寄ることにした。
ようやくたどり着いた店内に,薬は置いてあったものの多くが虫刺されなどの薬で,熱冷まシート等の医療品は売り切れていた。
私は肩を落とし,その場を立ち去ろうとすると,
「具合悪いの?」
と声がする。
周囲を見回すと,販売スペースの一角にブースがあり,そこに老婆が座っている。
老婆の周辺が暗くなっていたような気がしたが気のせいだったろうか。
ただならぬ雰囲気を漂わせていた老婆に手招きされたので,私は近くに行き,事情を話してみた。
私の様子をじっと見つめていた老婆はおもむろに,
「熱中症か。それなら,漢方だけどいい薬があるよ。」
と二錠の飲み薬を取り出した。
「ただ,ちょっと高いんだけどね。二錠で3000円だ。」
意識が遠のきつつあった私にも,その値段が法外だったことは判断できた。
しかし,何でもいいからこの頭痛をなんとかしてほしい。
私は老婆に交渉を試みた。
「ちょっと今手持ちが少なくて,一錠だけでも売ってもらえますか。」
私の申し出に,老婆は首を傾けてしばし考えていたが,
「いいだろう。一錠でも十分効くよ。あとはポカリでも飲んでしっかり寝ることだね。」
と頷き,一錠1500円で売ってくれた。
私は怪しさしかない老婆から受け取った一錠の漢方薬を握りしめ,ふらつきながらキャンプサイトへの道を歩いた。
ようやく辿り着いたキャンプサイトの,テントを張っていた場所からはグリーンステージの灯が少しだけ見渡せた。
そろそろヘッドライナーのマッシヴ・アタックが登場する頃だろう。
握りしめていた漢方薬をポカリで一気に喉に流し込み,二日分の汚れ物を詰め込んだbeamsの袋を枕にすると,すぐに眠りはやってきた。
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翌朝目を覚ますと,頭痛はすっかりとれていた。
漢方薬が効いたのか,ぐっすり眠ったからかは分からないが,体調はすっかり良くなっていた。
テントから這い出して,ミネラルウォーターで歯を磨いていると,同行していた友人のKとMも起きてきた。
二人は,私が去った後のグリーンステージでの出来事を語り合っていた。
二人が話すには,ヘッドライナーであるマッシヴ・アタックのステージもそれなりに良かったが,最後に登場したスペシャル・ゲスト(フジロックにはよくあることで,ヘッドライナーの後の枠で演奏するアーティストがいる。ザ・ミュージックなんかもこの枠でラストライブを敢行した)のシザー・シスターズが素晴らしかったという。
私も正直マッシヴ・アタックにはあまり興味がなかったが,シザー・シスターズは観たかった。
「ときめきダンシン」は日本でもちょっと流行ったもんね。
この年の失敗を転機に,それまでほとんど帽子を被らなかった私も,翌年のフジロックからはきちんとキャップをかぶって参戦するようになった。
今ではむしろ,休日に外出するときは帽子を被らないことのほうが珍しいくらいです。
それにしても,熱中症って一度かかると,少し無理しただけですぐに症状が出るようになるんですね。
私の場合はそうでした。
経口補水液やら塩飴やら,事前に対策していても,炎天下の中動いたらすぐに体調を崩す。
単に歳をとっただけでしょうか?
あのとき,オレンジ・コートで伊藤ふみおが「モンキーマン」を歌うのを目にしなかったら・・・と思わないでもないが,もう一度同じシチュエーションであの曲が投下されても,きっと踊り狂うのだろうなあ,と思うのです。
伊藤ふみおの「モンキーマン」は文句なしに最高でした。
忘れたくても忘れられない夏の日の思い出でした。