グッバイ,青春
トレッキングシューズが壊れた。
先日,とあると事情で登山をすることになって,久しぶりに靴棚から出して履いて行ったのだが,写真でお分かりの通り,ソールがつま先の部分から剥がれ,無残にも壊れているのが確認できる。
七合目あたりで,やたらに靴の底がカパカパするなと思って確かめると,ソールが爪先から半分くらい剥がれていた。
さすがに全部剥がれることはないだろうと思ったが,もし剥がれたら悲惨である。
残りの行程はかなり,歩くのに神経を使わねばならなかった。
無事下山できたが,降りてきて再度確認すると,ソールが踵の手前まで剥がれてきていて,手の施しようのない壊れっぷりだ。
残念ながら,この靴はもう使えないだろう。
このトレッキングシューズはアウトドアブランド「Columbia」の10年以上前のモデルで,主にフジロック参戦時に必ず履いて行った,いわば旅の相棒だった。
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初めてフジロックに行ったのが2006年。
友人と参戦した。フジロック10周年のメモリアル・イヤーだった。
その年夏前に発売された「ロッキング・オン」はフジロックの10年が特集してあり,波乱含みでのスタート,そして10周年に至るまでの道のりが回顧されていた。
当然,第一回台風直撃による悲惨な状況のレポートなども残っていた。
注釈を加えると,第一回のフジロックは富士天神山スキー場で開催されたが,台風直撃の憂き目に遭い,二日目は中止をせざるを得なかった。
加えて,まだフェス文化が定着していなかった頃なので,集まってきたオーディエンスも,雨合羽やテントなどの装備もなく軽装で来てしまったばかりに,嵐の中かなりの混乱状態になったようだ。
泊まろうにもテントがない人が大勢いるので,主催者側がやむなくステージを開放して寝床にしたという逸話もあるくらいだ。
ところで,この特集で最も衝撃的だったのが,泥濘に頭から突っ込んで,脚だけが見えている男?の写真だ。
何が起きてこのような状況になったのか,皆目分からない。
しかし,
「野外フェスというのは,ともかく恐ろしい場所だ。舐めてはいけない。」
という,野外フェス,というか山に対する畏怖の念だけはしっかり植え付けられた。
当然,私の初めてのフジロックへの準備は,念には念を入れたものになった。
雨合羽は勿論,着替えは一日三枚と計算して,計十枚。
・・・どんな暴れ方をしようとしていたのか,今となっては笑うしかないが,兎に角私は野外フェスを,山を恐れていたのだ。
それにしても,上の重装備に比べると下はかなり手を抜いていて,足元は使い古したスニーカー(アディダス・ロッドレーバー)というシンプルさ。
それでも,一応予備(茶色のコンバース・オールスターハイカット)を持って行ったから,大変な大荷物となった。
まあ,幸いにも?実際は同行した私の友人の靴が泥濘にはまって使えなくなった時に,私の予備のコンバースを与えることになった。
結果的に持って行った甲斐があるというものだ。
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それから数年は,当時流行っていたクロックスを履いて行ってた。身軽ではあったが,さすがに軽装過ぎた。
雨が降ると,ふくらはぎから下のこびり付いた泥がなかなか取れなかった。
4回目の参戦時に,ようやく「トレッキングシューズを履いて行こう」という当たり前の考えに思い至り,ファッション誌の「夏フェス特集」を読んでいる時に見つけたのが,上のColumbiaの靴だった。
ライトグリーンとパープルの配色が「新世紀エヴァンゲリオン」の初号機を彷彿とさせ,一目見て「これが欲しい!」と思った。
それから二,三軒アウトドアショップを巡るうちにとうとうこの「エヴァ靴」を見つけた。
安くはなかったが即買いだった。
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それから,私のフジロックでの思い出は常にこの「エヴァ靴」と共にあった。
私はこの靴以外にトレッキングシューズというものを履いたことがないので比較のしようがないが.これは素晴らしい代物だった。
グリップ力があるので山道でもしっかり歩けるし,何より雨に濡れたり泥の中を歩いても,一切浸水しない。
この「エヴァ靴」のおかげで,どれだけ快適にフジロックライフを送ることができるようになったか。
ザ・ミュージックのラストライブで熱狂した時も
炎天下の下いとうふみおの「モンキー・マン」で踊り狂った挙句熱中症に倒れた時も
グリーンステージを素通りしようとしたら,聴こえてきたSuperflyの「愛を込めて花束を」につい足を止めて聴き入ってしまった時も。
いつも「エヴァ靴」と一緒だった。
こいつは私の青春そのものです。
グッバイ,青春。
そして
次はこいつで2nd青春を謳歌したいです。
ずっと好きだったんだぜ。
相変わらずクールだな。
こうなれば一生青春だ。
待ってろ,青春。