フジロック戦記2022
地下鉄福岡空港駅の改札をくぐる。
時計を確認すると,18時10分だった。
19時発の羽田行きまであと50分ある。
よし,間に合う。
背中に背負ったノース・フェイスのバックパックは肩に食い込み,右手には折り畳みテント,左肩には折り畳み椅子を下げ,木曜まで仕事に明け暮れた身体は早くも悲鳴を上げ始めていた。
自動端末でチケットを取るとすぐに荷物を預け,ロビーを通り抜け,空港三階へと上がる。
三階には軽食ができるお店がいくつか入っている。
搭乗までに腹ごしらえをしておこう。
エスカレーターからすぐの角にあったレストランへ。
生ビールとスパゲッティナポリタンを注文する。
ビールはすぐに来た。
一口めを一気に喉へ流し込むと,火照った身体の体温が2℃ほど下がったようだ。
湯気の上がるナポリタンをフォークに巻きながら,これからの行程を頭の中で反芻する。
羽田に着いた後,モノレールから在来線に乗り換えて東京駅へ。東京駅から上越新幹線へ。
そこを如何にスムーズに乗り切るかが問題だ。
地下鉄,在来線はほぼ単線しかない片田舎からやって来た私には,東京の鉄道網はあまりに壮大過ぎる。
ぶつぶつ考えながら,腕時計を確認すると,18時45分!
やばい。
搭乗が始まってる!
慌てて,すっかり気の抜けたビールを飲み込み,皿の上に残っていたピーマンとベーコンを掻き込み,席を立つ。
「いってらっしゃいませ。」
ウエイトレスのお姉さんに会釈し,小走りで搭乗口へ向かう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
19時発の飛行機はほぼ定刻通りに羽田空港に降り立った。
荷物を受け取るのに15分程度を要したが,それは計算済み。
在来線への乗り換えもスムーズににいった。
東京駅は広い。
いくつもの乗り場への案内表示がある中,上越新幹線の表示を見つける。
見慣れた,緑色の表示。
何度も来た道を,今また進んでいる。
毎回そうだったが,上越新幹線の乗り場付近に来ると,ぼちぼちフジロック参戦者らしき若者(若者でない者もいるが)を見かけるようになる。
私は彼ら(彼女ら)のことを心の中で密かに「猛者共」と呼んでいる。
赤の他人同士だが,行き先と目的を共有する者として,勝手に親近感を感じている。
ホームに立つと,並ぶ人はまばらだった。
周囲には,帽子に大きなリュックを背負った「猛者共」ばかり。
「間もなく,電車がホームへ参ります。」
アナウンスがホームに響き渡る。
私はほとんど反射的に,弁当を買い忘れたことに気づいた。
飛行機に乗る前に軽食をとってはいたが,あれから既に2時間近く経っている上,ここからは新幹線でさらに2時間近くの長旅だ。
できれば腹ごしらえをしておきたい。
しかし,もう新幹線は入ってくる。
逡巡している私の様子を察したのか,後ろに並んでいたお兄さんが声をかけてきた。
「いいっすよ,俺,この場所とっときますから。」
助かる!
私は彼に一言礼を言うと,すぐ横にあるキオスクに駆け込んだ。
手早く適当な駅弁とつまみ,一番搾りを二本買い,列に戻った。
お兄さんは私が戻ってきたのを見届けると,マスク越しにニカっと笑い,うやうやしく手を出し,場所を譲ってくれた。
改めてよく見るとエレカシの宮本によく似た,なかなか渋めのいい男だ。
私は帽子をとって礼を言い,
「フジロックでしょ?もしよければ,着くまでに一杯どうですか?」
と袋を掲げてみせた。
宮本クン(仮名)は,細い目を目一杯見開き,
「いんすか?」
と問い返してきたが,すぐに頷き,私についてきた。
プシュ!
一番搾りを開けると,白い泡が噴き出す。
夏の音がする。
向かい合わせにした席で,乾杯した。
宮本クン(仮名)は都内在住の25歳。
私と同じように,仕事上がりで今日から三日間参戦するそうだ。
フジロック参戦は今年が初。
一番楽しみにしているアクトは,三日目のモグワイだそう。
なかなか渋いセンス。
これまで観てきたアクトや,各ステージの様子を話しながら,私も6年ぶりのフジロックに想いを馳せる。
話は尽きない。
音楽が好きという共通点だけで,ここまで楽しく話せるものか。
待ちに待った,一年間のピークが目の前に迫っている高揚感が,そうさせているのかも知れない。
私も宮本クンも,500の缶を一本飲み干しただけで,真っ赤になっていた。
やがて,新幹線は越後湯沢駅に到着した。
私と宮本クンは素早く席を片付け,立ち上がる。
ホームへのドアが開くと,駆け足で改札をくぐり,階段を駆け降りる。
もあっとした外の空気がまとわりついてくる。
無料シャトルバスは20分毎に駅にやってくる。
急げば,次のバスを待つことなく乗車できる筈だった。
予想通り,バスは一台停まっていた。
「猛者共」が5,6人並んでいるが,これくらいなら充分乗車可能だ。
私と宮本クンは「猛者共」の後ろに並んだ。
私たちの後からも,続々と「猛者共」が列をつくる。
皆,今日まで仕事を頑張って,それから準備をしてやってきたのだろう。
一様に疲れは見えるが,外灯に照らされたマスク越しの表情は期待感に満ちているようだ。
バスの出入り口が開き,順番に乗車する。
後ろの方の席に座ることができた。
足元にリュックやらテントやらを置くと,もう身動きは取れない。
駅を出発すると,苗場スキー場まではバスで40分はかかる。
窓の外を眺めていると,やがて外灯の光も見えなくなり,山の中へと入っていく。
薄暗がりのバスの車内は,たまに大きく揺れるが,誰も喋らず,奇妙な沈黙に包まれていた。
沈黙の中にも,私は高揚していた。
ようやく,夢に見た三日間が幕を開けようとしている。
着いたらまずは岩盤のTシャツ売り場の屋台広場で,毎年恒例のカレーを食べよう。
ビールは勿論ハイネケンだ。
久しぶりにタバコが吸いたいな。
どこかで売ってるだろうか。
ケバブのお店はまだあるかな。
ホワイトステージ下の小川で,また本を読むんだ。
この三日間のために,この一年,いや六年間は頑張ってきたんだ。
精一杯楽しまないと。
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ごめんなさい,思いっきり妄想でした。
週末の三日間は仕事,育児,家事親父。
今日も仕事。
それなのに週末急に伸びたPV数。
アクセス先解析したら,こんなんなってました。
そうだよね。
絶対フジロック効果だよね。
私の記事を参考にしていただき感謝しかありませんよ,ほんとに。
ロッキングオン.comを見ていても,渋谷陽一も山崎洋一郎も,やれジャック・ホワイトが最高だったの,フォールズが最高だったの,興奮気味のライブレビューが検索上位を占める。
畜生。
行きたかったな。
息子3人が毎日暴れまわっている我が家の現状で,五日間もフェスで家を空けるのは不可能だとは分かってる。
五日は無理だけど,一日くらいならいいかなと思って,8月17日のZepp大阪のプライマルスクリームに行っていいかな?と妻にそれとなく打診すると,
「は?何言ってんの?」
と一蹴された。
6月30日にいくつもりだったDSDCのライブも,息子たちが次々と発熱して看病には明け暮れる中,結局行くことは出来なかった。
フジロックどころか,ライブ参戦すら夢のまた夢か。
耐え忍ぶ日が続く。
でも,下に下に根を張ってる途中だと信じて,耐え忍ぶ。
耐えて強くなります。
そして,いつの日か,ね。