リアム・ギャラガーの佇まいから学ぶ「勝てる」仕事の選び方
ステージライトが照らし出す,7月末の空は厚い雲に覆われている。
暗い空から小雨がぱらぱらと落ちる中,虚空を舞うタンバリン。
まるでスローモーションのように,それはゆっくりと私のほうに向かってくる。
野球で外野を守っていて,山なりのフライを追っているときの,あの感覚が蘇る。
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2009年7月24日。
オアシスはフジロック初日のヘッドライナーとして登場した。
私はオアシスの前に演奏したポール・ウェラーの時から,グリーンステージの最前線(モッシュ・ピット)に陣取り,その登場を待ちわびていた。
その日のオアシスのライブは,私が観た数多くのアーティストによるフジロックのステージの中でも,屈指のものだった。
そして,残念ながら現在におけるオアシスの日本での最後のライブとなっている。
そのライブの最中,フロントマンのリアム・ギャラガーが,客席に自分が持っていたタンバリンを投げ入れたのだった。
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「取れるかも。」
そう思った次の瞬間,タンバリンは私が立っている三列くらい前の男の手に落ちた。
そして,次から次に手が伸びてくる。
気が付くと,一つのタンバリンを奪うために10以上の手が集まり,引っ張り合っていた。
私がその争いに入る余地は既になかったが,5人以上の男が全員てこでもタンバリンから手を放そうとしない。
オアシスのリアムと言えば,時代を創った稀代のフロントマンだ。
そんな男がステージから投げ入れたたった一個のタンバリン。
誰でも欲しいと思うだろう。(勿論,私だって欲しかった)
タンバリンを中心としたその男たちの輪は,少しずつ回転しながらモッシュ・ピットの中を動いていく。
ステージ上からは,リアムが仁王立ちをしたまま,その光景をじっと見下ろしていた。
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先日,リアム・ギャラガーのソロ・ニューアルバムのリリースが発表された。
それに合わせ,新曲のMVが公開された。
ライブ映像だったが,なかなか喉の調子もいいようだ。
ライブによって好不調の波が激しく,もともとムラがあるリアム。
ここ数年は体調管理を心がけ,自身のパフォーマンスを見つめ直しているそうだ。
その効果もあって,2019年にリリースされた「MTVアンプラグド」でも,好パフォーマンスを披露している。
映像を観ていると,仁王立ちをしたまま,マイクに嚙みつきそうな勢いで歌うリアム。
「ああ,リアムはやっぱりリアムだな」
と,なぜだかほっと安心したような感覚になる。
年齢を重ねても,自身の生活スタイルを見直しても,変わることのないフロントマンとしての矜持をそこに見たような気がした。
リアム・ギャラガーの歌唱スタイルは独特だ。
高く伸ばしたマイクスタンドを見上げるようにして歌う。
後ろ手を組み,もしくは手に持ったタンバリンを鳴らしながら。
バンドのメンバーが演奏をしているときには,タンバリンを持ってステージ上をウロウロすることはあっても,歌のパートになった時には必ずマイクスタンドに戻ってくる。
マイクスタンドからマイクを離して歌うことは決してない。
いつもステージの中央から,仁王立ちで歌う。
それがリアムのスタイルだ。
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ボーカリストによって様々な歌唱スタイルがあると思う。
ギターボーカルならマイクスタンドから歌うことになるだろうが,リアムはボーカル専任だ。
ボーカル専任で,このようなスタイルを貫いているのは彼だけではなかろうか。
例えば,ストーンズのフロントマンであるミック・ジャガーはステージ上を縦横無尽に駆け巡り,その身体能力の高さを思う存分見せつける。
U2のボノもマイク片手にオーディエンスに呼びかけ,時に煽りながら会場全体を盛り上げる。
一方のリアム・ギャラガーは,歌う時には絶対にステージ中央から離れない。
これはオアシスとしてデビューした当初からずっと変わっていない。
まるでそこが自分の居場所だと主張するかのように。
ステージの真ん中から,空に向かって歌い上げる。
このスタイルを,リアムはかれこれ30年近く続けているのだ。
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実は,リアム・ギャラガーは曲づくりも行っていた。
オアシス時代につくった「リトル・ジェイムス」や「ソングバード」などは彼の繊細な内面を垣間見るような佳曲で,特に後者はよくライブでも演奏されていた。
オアシスが解散した後のバンドでもしばらくはソングライティングをしていたが,ソロになってからは曲作りは人に任せるようになった。
手がけていたビジネス(服のブランドなど)からも手を引いた。
歌うことに専念しだした。
もともとオアシスは,世界一のソングライター(ノエル・ギャラガー)と世界一のフロントマン(リアム)がいるバンドだった。
ソングライターとして不世出の才能をもつ男を兄にもち,間近でその仕事を見てきた弟としては,曲作りで一番になれるとは思っていなかっただろう。
そのかわり,彼には歌があった。
シンガーとして随一の声をもち,そのカリスマ性は他の追随を許さなかった。
歌うことに,フロントマンとしてのパフォーマンスに集中しだしたリアムは,やはり強い。
今のところ,ソロでリリースしたアルバム3作品は全てUKで1位を獲得している。
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林修先生は,その著書の中で
「勝ち易きに勝つ」道を選べ。
と述べている。( 「いつやるか?今でしょ!」林修 宝島社)
自分が勝てる道を見定め,その場所で集中して努力を重ねれば,望んでいた成果を得ることができる可能性は高まる。
逆に,いくら音楽が好きだからと言って,私が今からギターを習得して,バンドメンバーを集めてメジャーデビューを果たし,日本武道館でライブをするのは,不可能とは言い切れないが可能性は限りなくゼロに近いだろう。
自分が勝てる場所で努力する。
リアムのそれとはスケールが違うが,私みたいな凡人にも響く生き方だ。
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冒頭の話に戻るが,結局リアムのタンバリンは誰が持ち帰ったのかはわからなかった。
でも,あの時タンバリンが取れなくてもよかったのかなと,今となっては思う。
おかげで,モッシュ・ピットを睥睨するリアムの姿をこの目で確認することができた。
世界制覇したバンドのフロントマンの佇まいを見ることができた。
再びフロントマンとしての仕事に注力し始めた彼が,今度はソロとして世界一になる日も遠くないのかも知れない。
でも。
できれば,世界一のフロントマンと,世界一のソングライターを擁する,あのバンドの復活を願ってやまないのだけど。