「オアシス」を葬り去ったリアムの「今」
ここに,リアム・ギャラガーの新作「C'MON YOU KNOW」がある。
イギリスはマンチェスター出身のロックンロール・ボーカリスト。
90年代前半には兄でギタリストのノエル・ギャラガーとともに,ロックンロールバンド・オアシスのボーカルとして一世を風靡し,世界的にその名を知られるようになった。
2009年にオアシスが解散してからは,ノエルを除くメンバーとともに新バンド「ビーディー・アイ」を立ち上げるも,アルバム2作を作って解散。
その後リアム自身がプライベートの問題を抱える中隠遁生活に入り,数年のブランクを経た後,2017年にソロデビューを果たした。
今回がソロ3作目となる。
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私はこのリアムの新作を一度行きつけのCDショップで見つけたが,その時にはスルーし,代わりに新進気鋭のダンスユニット,ザ・チェインスモーカーズのアルバムを買った。
私はこれまで,オアシス関連の作品は全て購入してきた。
オアシスの全ディスコグラフィーは勿論のこと,ノエルのソロプロジェクト「ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライイングバーズ」のアルバムや,リアムのバンド「ビーディー・アイ」,ソロ作品など、解散後の動向も逐一チェックしてきた。
しかし今回,初めてオアシス関連の作品を購入するのを躊躇した。
理由ははっきりしている。
私自身が,リアムのソロを聴くことにあまり意味を見出せなくなっていたからだ。
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私にとって「オアシス」というバンドの存在は,単に「好きなバンド」を超越したところにあって,少し大げさに言うと人生観を変えられたマスター・ピースというような存在だ。
オアシスが奏でる音やリアムの声から,ロックという音楽がもつ中毒性や,そこに感じる未来や,何かを解放されたような充足感のような,言葉では表現しえない”力”を受け取ったと感じているからだ。
オアシスは2009年に解散した。
私は解散の1か月前にフジロックのグリーンステージで,彼らの日本最後のライブを観た。
そして,それはあまりに幸福な光景だった。
小雨の中いつものようにマイクスタンドを見上げるように歌うリアムの歌声は,苗場の夜空に木霊すように響き渡り,バンドの演奏も見事にシンクロしていた。
ライブ終盤の「シャンペン・スーパーノヴァ」「リヴ・フォーエバー」に至っては
「生きててよかった」
と思わせてくれるくらいのレベルだった。
この半年前のインテックス大阪での単独公演での出来が今一つだっただけに,苗場でのオアシスはまるで別のバンドのようだった。
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最後に目にした姿があまりに鮮烈だったせいか,その後(といっても解散から2年ほど経ってからだが)ノエルやリアムが新バンドをスタートさせても,そこにオアシスの「残像」を見ようとしてしまうのは仕方なかった。
それに,おそらくリアム自身も解散後しばらくはオアシスの「残像」を追っていたのではないだろうか(事実,リアムはビーディー・アイ結成時のインタビューで冗談ぽく「バンド名は『オアシス2.0』でもよかったんだけどな。」と語っていた)。
解散後に結成されたビーディー・アイが,ややつんのめったような性急なロックン・ロールを志向したことからも,自分たち本来のバンドサウンドを模索したリアムの苦悩のようなものがうかがえる。
ソロになった後の2作が内向きの衝動を表現したような印象になっているのは,本来のリアムの嗜好が影響しているのだろう。
だってリアムはジョン・レノンの信奉者なのだから。
私はビートルズは好きだが,正直独自の世界観をもつジョンのソロにはそこまで入れ込むことはできていない。
リアムがオアシス時代からつくってきた「リトル・ジェイムズ」や「ソングバード」など,繊細で朴訥な佳曲もまあ好きではあったが,やはりオアシスと言えばノエルがつくった,メロディアスで骨太なビートにリアムの伸びやかな歌声が乗る曲だ。
リアムのソロを追いかけても,かつてのオアシスには絶対に届かない。
それ以上,聴く意味を見いだせなくなったのだ。
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そう思っていたから,リアムの新作を購入するのはためらいがあった。
しかし,やはり気になって仕方ない。
それは,先行配信されていた「Everything Electric」がなかなかクールでいかしたロック・チューンだったから。
「もう一度買ってみるか」
というくらいの気持ちで,CD屋に向かった。
新作「C'MON YOU KNOW」を購入し,初めて聴いてから,このアルバムはこれまでのリアムのソロとは何かが違うと感じていた。
それから数日,通勤時や朝の仕事中などに聴き続け,「違い」は何かが朧げにつかめてきた気がする。
そこにオアシスの「残像」が見えないのだ。
リアム自身が鳴らしたい音を鳴らしているような,解き放たれたような印象を受ける。
前作までに,わずかに漂っていた閉塞感が感じられない。
別に斬新なことを試しているわけではなく,あくまで伝統的なロックチューンが中心だ。
例えば,11曲目の「Better Days」のイントロのドラムは,完全にビートルズ「Tomorrow Never Knows」へのオマージュ。
心地よいドラムラインに乗って,リアムも気持ちよさそうに歌い上げる。
歌詞がまた泣ける。
もっといい日がくるだろう
太陽が君の中まで
心の陰にまで差し込む日が
もっといい日が来るはずだ
僕の愛が君を見つけたら
今は遠く離れているけれど
これが兄ノエルのことを歌っているとすると,たまんない。
そんな感傷に浸るのは,単なるリスナーのエゴというもので,曲自体は本当に前向きで,漲るようなパワーを感じる。
MVは,朝日が当たるビルの屋上で演奏するバンドと,リアム。
ビートルズの「ゲット・バック」を意識しているであろうことは想像に難くない。
リアムは,私が初めてその姿を見た時(2002年「The Hindu Times」のMV)と同じような,丸みを帯びたサングラス姿。
渋みを増したリアム・ギャラガーの声が心地よいナンバーだ。
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オアシスの解散から10年以上の歳月が過ぎた。
思えば初めてかもしれない。
オアシスの作品に匹敵するカタルシスをもつ作品に出会えたのは。
いや,そもそもオアシスの作品と比べるべきではないだろう。
これは「元オアシス」とかの肩書きを抜きにした,ロックン・ロールスター,リアム・ギャラガーの傑作なのだから。