音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

あの夏の「To be with you」

高校最後の夏休み。

 

私が通っていた高校は,地元では一応名門として認知される学校だった。

 

ただそれも地元の人たちの感覚で,偏差値がそこまで高いわけではなく,あくまで「田舎の名門」というくらいのレベルだった。

 

まあそれでも,大半の生徒が受験勉強をして進学をする。

 

夏休みにもなると,インターハイに駒を進めたごく一部の部活生を除くほとんどの生徒は,質や量は違えど「受験戦争」の波に飲み込まれつつあった。

 

そんな中,夏休みのほぼ全てを高校の放送室で過ごした男を,私は知っている。

 

それは私の友人で,Zと言った。

彼は勉強が出来なかったたわけではなく,むしろ成績は学年でも常に上位クラスで,授業にも真面目に出る男だった。

 

成績では常に下から数えた方が早く,授業中に小説や漫画を読み耽っていた私のような愚か者とは正反対だった。

 

Zとは同じクラスになったことはなかったのだが,共通の友人を通じて仲良くなり,メールのやり取りをしたり,カラオケに行ったりして遊ぶようになった。

 

真面目で勉強ができる男だったが,決してそれを鼻にかけるようなことはなく,私のようなだらしのない男に対しても,とても誠実に接してくれた。

 

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そんなZが,人生の方向性を決めるとも言える,重要な高校最後の夏に受験勉強もせずに一日中放送室に篭っているという。

 

風の噂でその情報を入手した私は,放送室にZを訪ねることにした。

 

学校のそばにあるコンビニで買った菓子パンとペットボトルのスプライト,コーラの入ったビニール袋を提げ,放送室のドアをノックすると,奥から声がする。

入ってもいいというようなことを言っている。

 

恐る恐るドアを開けると,薄暗い室内でPC画面を見入るZの姿が目に飛び込んできた。

と同時に,放送室内のもあっとした空気が,汗ばんだ肌にまとわりついてくる。

 

まだ学校にクーラーが設置される前の時代だ。

 

こんな暗くてクソ暑いところで一体何をしているのかという主旨のことを聞くと,Zは額の汗を拭きながらPCの画面を見せてくれた。

 

そこには,袴や学ラン姿の男たちの静止画が映っていた。

 

「何これ?体育祭やない。」

 

袴の男は応援団長で,両脇の学ランは副団長だ。

静止画の様子から見ると,動画を停止した画面のようだ。

 

私の質問を受け,Zは汗でずれていた眼鏡をかけ直しつつ

 

「ビデオを作ってるんだよ。」

 

と答えてくれた。

 

ビデオ?

なおも顔にクエスチョンマークが浮かんでいる私の様子を見て,Zが説明をしてくれた。

 

高校生活最後の体育祭,三年生になって自分の仲間たちが応援団やブロック対抗リレーなどで活躍し,最高の体育祭にしてくれた。

 

自分は応援団や花形のリレーに参加したわけではないけど,生徒会の一員として運営に携わり,皆の頑張りをビデオ撮影した。

 

折角なので,高校生活の思い出になるようなものを残したいと思い,撮影したビデオを編集している。

ビデオクリップが完成したら皆に観てもらうのだ,と。

 

そのような内容の話を少し恥ずかしそうに私にしてくれたZは,照れ隠しなのか眼鏡を取ってしきりに拭いている。

 

私は目の前の友人に,黙ってコーラを渡した。

ペットボトルの水滴が垂れて,スチールの机を少し濡らした。

 

放送室を出ると,深呼吸を一つ。

汗で背中にシャツがはりついている。

 

俺も受験勉強頑張ろう,と心の中で小さく呟いた。

 

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それからというもの,私は図書館で勉強した帰りに,放送室を訪ねることにした。

 

私にはZの作業を手伝うことはできなかったが,動画のテロップの言葉を考えたり,作業の合間にお菓子を食べたりしていた。

 

ただ邪魔をしていただけのような気もするが,それでもZは持ち前の集中力を発揮し,着々と作業を進めていった。

 

そして,あと2,3日で夏休みが終わろうとする頃,ようやくZが編集していたビデオクリップが完成した。

 

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私とZの二人で,放送室にて完成したビデオの試写会をした。

ビデオはとてもよく編集されており,いま振り返っても,高校生の編集とは思えないクオリティのものだった。

 

体育祭の各競技やブロック対抗リレーはカメラワークも工夫してあり,切り替えも非常にテクニカルだった。

 

特に力を入れていたのは,応援団についてのくだりだった。

応援団の結成から放課後の練習風景,ブロック全体での練習の様子などストーリー性のある流れ。

そして,ブロックが一体となった応援合戦本番の様子。

 

更に,私が驚いたのはスライドが準備してあったことだ。

 

撮影した写真をつなぎ合わせ,音楽とともにタイミングよく切り替えているのだ。

 

モノクロの写真たちが,最後の体育祭で全力を出し切った仲間たちの表情を克明に伝えている。編集技術はプロ顔負けだ。

 

このスライドはZが特にこだわって作った部分だったようで,ブロックごとに異なるBGMが流れていた。

 

赤ブロックは,エアロスミス「ミス・ア・シング」。

青ブロックは,ベン・E・キングスタンド・バイ・ミー」。

黄ブロックは,ビートルズ「レット・イット・ビー」。

紫ブロックは,Mr.BIGの「To be with you」。

 

どれも名曲だったが,Mr.BIGの「To be with you」は特に私のお気に入りになった。

 

 

 

 

 Mr.BIG2作目のオリジナルアルバムに収録されている同曲。

 

アメリカの正当なハードロックの後継者として期待されていたこのバンドには,ビリー・シーンという凄腕のベーシストと,ポール・ギルバートというバカテクのギタリストがいた。

 

しかし,「To be with you」はアコースティックギターが中心で,ボーカルのエリック・マーティンが情感たっぷりに歌い上げる,沁みるバラード。

 

この曲が売れてしまったばかりに,ポップ路線と思われてしまうことも多かったが,もう一度言う。

Mr.BIGは正統派のハード・ロック・バンドだ。

 

彼らのアルバムを聴いていくと,エリック・マーティンの高音のシャウトや,ポール・ギルバートの速弾きなどは,日本の国内バンド(B‘zとか)に大きな影響を与えていることは明白だ。

 

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そのような雑学はさておき,私はこの「To be with you」という曲を聴くと,あの夏を思い出すのだ。

 

薄暗い放送室で,Zと共有した楽しくも奇妙な2週間。

 

ZからVHSを受け取り,家に帰ってもう一度最初から最後まで観返してみた。

 

Zと一緒に観た時には気づかなかったが,エンドロールの”Special Thanks"の一番最後に、私の名前があった。

 

ただ放送室で遊んでただけなのに。

 

 

ちなみにZは夏休み後に猛烈な受験勉強を開始し,翌年無事に関西の有名私大へ入学した。

一方の私も,Zほどではないが地道に勉強を続け,何とか地元の私大へ入学することができた。

 

Zは大学を卒業した後は京都で就職していたが,数年働いた後うつ病を発症し,地元に帰ってきた。

 

今は,私と同じ福岡で働いているはずだ。

 

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私は今年の始めにある目標を立てた。それは,

 

「会いたい人にしっかり会う。」

 

という目標である。

 

「仕事が忙しいから,子どもがいて大変だから,コロナだから」

 

会わない理由は幾らでも見つけることができるが,そんなことを言って先延ばしにしていたら,あっという間に人生終わってしまう。

 

会いたいと思った時に会わないと。

 

勿論,会いたい友人の中にZは入っている。

 

私の勝手な予定では,今年中にはZと再会して一杯やる予定だ。

 

 

懐かしいCDを取り出して聴いているうちに思い出した,友の回想でした。

 


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