濾紙で淹れたコーヒー
あなたは,濾紙でコーヒーを淹れたことがあるだろうか?
いきなり何を言い出すのだこいつはという感じだけど,私はあるのだ。
「濾紙」というのは,理科の実験で濾過に使うやつだ。
なんでそんなものでコーヒーを?と思うだろうけど,「好奇心」としか答えようがない。
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今から5年前,私は「研修員」という肩書きで出先機関で仕事をしていた。
仕事と言っても,やることは研究だけなので,年度末の研究報告に向けて資料収集や実地調査なども行なっていたが,主に研究室に詰めてデータ分析や論文の推敲をする日々だった。
研究室には,私と同じ様に現場から派遣された研修員が10名前後いた。
皆,現場では10年以上の経験を積んだ中堅どころばかりだったが,当時30代前半だった私はメンバー中最年少だった。
おかげで年嵩の先輩たちには可愛がってもらった。
この研究室にはOBが寄贈していったコーヒーメーカーがあって,各自一息入れたい時にホットコーヒーを淹れていたのだけど,ある時誰かが,研究室に濾紙が置いてあるのを見つけたのだ。
そこでまた他の誰かが,
「これで淹れたコーヒーは美味いだろうか?」
と冗談のようなことを言い出した。
毎日研究ばかりやっている連中なので,好奇心は本物だ。
「いや,不味いでしょ,絶対。」
という(分別のついた)人もいたが,私がどちら側の人間だったかは言わずともお分かりだろう。
真っ白な濾紙に,モカブランドの挽き豆を入れ,お湯を注ぐと豆の香ばしい香りが漂ってきた。
これはひょっとすると?
待ち切れず,先輩の一人が恐る恐るコーヒーカップに口をつける。
そして,何とも言えず妙な顔になった。
私も,自分のカップに淹れた濾紙コーヒーに口をつけてみる。
たちまち,薬品の香りが口の中に広がった。
「これは飲めたもんじゃないですね。」
と,先輩たちと力なく笑った。
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なぜこんな話を思い出したのかと言うと,KIRNJIのアルバム「11」を聴いていたら,同じような情景を歌った曲があったからだ。
それは,「だれかさんとだれかさんが」という曲だ。
授業終わりの理科室に
お湯の沸く音 シュルルルー
濾紙と漏斗とビーカーで
淹れたコーヒー 不思議な味
こんな歌い出しで始まる曲だ。
作詞をした堀込高樹氏の実体験に基づく話のようにもとれるが,使用したのが濾紙と漏斗とビーカーだ。
「不思議な味」どころか,薬品臭くて飲めたもんじゃないと思うのだけど。
敢えて表現するなら,「不気味な味」であろう。
私が飲んだのは,「濾紙」だけが異質で,サイフォンもカップも飲食用だった。
全て実験器具で沸かしたコーヒーというのは,ストーリーとしては面白いのだけどあまりに現実感がない。
他にも「アルコールランプの青い炎をかこんで話そう」とか「人体模型と背比べ」といった破天荒な歌詞が出てくる。
堀込氏と自分では比較のしようがないけど,歌詞にしてもブログの記事にしても,文章を書く身として全くの想像でというのは難しいものだ。
だから,ひょっとしたら実体験に基づいているのかも知れない。
だとしたら,凄いですね。
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昨年の9月からこの「音楽と服」というブログを始めて,また新しいCDを買うようになった。
一番買っていた時期は年間5,60枚ずつくらい増えていたが,ここ数年は年間10枚も買っていなかった。
ところが,昨年から今年にかけては既に30枚以上購入している。
昔から好きだったアーティストに加え,最近ではジャズやクラシックにも触手を伸ばし始めている。
邦楽のアーティストで,ここ一年間で一番聴いたのは間違いなくKIRINJIだろう。
世間的には評価が高いのはデュオ時代だが,私が一番面白いと感じてるのは,2013年から2020年までのバンド編成期だ。
中でも,キーボード奏者のコトリンゴが在籍した四年間は,曲作りのアイデアやアレンジが多様で,それでいて不思議な品の良さと可愛げのあるサウンドに仕上がっていて聴いていて非常に愉快だ。
先述の「だれかさんとだれかさんが」も,堀込とコトリンゴの掛け合いが爽やかな風のように吹き抜けていく独特な雰囲気を奏でるナンバー。
ぜひご一聴を。