松村雄策とビートルズ
松村雄策さんが亡くなった。
昨夕,友人からのメールで知った。
メールと一緒に貼り付けてあった渋谷陽一の手記を読んだら,
「松村の部屋には,今でもビートルズのポスターでいっぱいなのだと奥さんが言っていた。まるで学生の部屋のようだと。」
と書いてあった。
つい先日,松村さんについての記事を書いたばかりだった。
記事を書く際に,最近の動向はどうなっているのかとネットで色々と調べてみたが,あまり情報を得られなかったので,お元気にされているといいが,と思っていた。
予想もしなかった,と言えば嘘になる。
松村さんは5年前に脳梗塞に倒れ,リハビリに励んでいるということも,自身の「ロッキング・オン」での連載「レコード棚いっぱいの名盤から」で語っていたからだ。
そうだ,僕は壊れものなんだ。壊れものの65歳のじじいが,歩いているだけなんだ。
なるべく顔には出さないように,歩いていく。本人は必死なんだけどね。
10月9日に倒れたことを思うと,今度は12月8日が危ない。山羊の呪いはなくても,ジョン・レノンの呪いはあるかも知れない。それならそれでもいい。しかし,僕がジョンの呪いを受けるというのは,おかしくないかい。
ともかく,ろくに喋れない。ろくに書けない。本を読んでも,どうも面白くない。音楽を聴いても,あまり楽しめない。テレビやラジオは,リアリティーがない。たんたんと,リハビリを続けるしかない。
「第73回 レコード棚いっぱいの名盤から」より引用
私は松村さんの,こういう,人の弱さも正直に書くライターとしてのスタイル,というか人となりがとても好きだった。
「弱さ」と言っても,あんまり感傷的にはならず,あくまでさらりと自分を俯瞰して書いている。
「ジョンの呪い」とか書いて自嘲しているけど,大変な苦労があったことは想像できる。
上の文章は病に倒れた後書かれたものだが,1000字程度の文章を書くのに1週間以上かかったそうだ。
もどかしかっただろう。
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松村さんの部屋には,今でもビートルズのポスターがたくさん貼られているそうだ。
まるで学生の部屋みたいで,とても70歳の老人が生活する部屋には見えないそうだ。
私の部屋にも,ビートルズのポスターがある。
このポスターは,15年くらい前の「ロッキング・オン」の付録で付いてたものだ。
まだ若い4人が颯爽と歩いて行く。
サイズが合ってないのに,IKEAで買った額に入れてずっと部屋に置いている。
松村さんはビートルズのラストアルバム「アビイ・ロード」について,「レコード棚いっぱいの名盤から」の中で以下のように書いている。
「『アビイ・ロード』のレコーディングでは,メンバーの言い争いは一度もなかった」とジョージ・マーティンに聞かされて,僕は胸が熱くなった。
最終部の”ゴールデン・スランバーズ/キャリー・ザット・ウェイト/ジ・エンド”を,ポールは今でもコンサートで歌っている。それだけ,大切なものだということである。
ロック界最大の巨人であるビートルズが,その全盛期に意識して創ったラスト・アルバムが,もっともすぐれた一枚でなかったとしたら,世界に名盤は存在しない。
「第58回 レコード棚いっぱいの名盤から」より引用
そういえば,4,5前に大阪で ポールのコンサートを観た時も,ポールは「ゴールデン・スランバーズ〜ジ・エンド」のメドレーを演っていた。
ビートルズの「アビイ・ロード」のB面メドレーは,ビートルズのアルバム群の中でも,私が一番好きな曲が散りばめられている。
このB面の素晴らしさを,レビューで伝えてくれたのも松村さんだった。
私が2000年代半ばに「ロッキング・オン」を読み始めてから,「松村雄策」と記された記事には漏れなく目を通してきた。
また一つの時代が終わったのかなあ,と思っている。
松村雄策さん,ご冥福をお祈りいたします。
今頃,嬉々としてジョンやジョージのインタビューしてるかな。そうだといいな。
何を聴きながらこの記事を書いているかって?
決まってるじゃないですか。