ダンス・ミュージックとの向き合い方〜ザ・チェインスモーカーズの新作に寄せて〜
私が毎日通勤で乗っている電車は,JR線と地下鉄線が接続している。途中の駅でJRと市営地下鉄で切り替わるので,運転士が交代し,そこから地下に潜る。
地下鉄に潜るまで,JR線は海沿いを走っている。
途中,短いが海がひらけた場所を走るポイントがある。
そのポイントを電車が走っているとき,海岸に沿った車道を一台の車が並走しているのが目に見えた。
新型のホンダ・フィットだ。
パールホワイトの車体で,年配の男性が運転しているのが見えた。
本当は通勤中だろうが,電車と並走するシチュエーションからか,海沿いをゆったりとドライブしているように見えた。
その車の先には,春曇りの空と,その空を映した鉛色の海。
そんな景色を眺めていると,iPhoneで流していた曲がすっと頭に入ってくる。
チェイン・スモーカーズの「リップ・タイド」。
エフェクトのかかった,掠れ気味のボーカルに,スロウなエレクトリック・ミュージック。
このジャンルにありがちなアゲアゲ感とは少し距離を置いた,情緒的なナンバー。
いま眼前にしている水平線と海沿いの情景があまりにもハマっている気がしてしばし放心状態になっていたが,カーブのところで車体が揺れ,現実に引き戻された。
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ザ・チェインスモーカーズの名前は,数年前から聞いてはいた。
フジロックによく同行していた友人から勧められていたのだ。しかし音源を聴いてみようとまでは思わなかった。
ところが先日,夜中に急に買い物(確か子どものおむつか何かだったと思う)をしなければならなくなり,私が一人で歩いて3分のイオンに出かけることになった。
一人でイオンに行く時にはつい,無印や行きつけのCD屋で道草を食ってしまう。
で,そのCD屋の洋楽コーナーを眺めていたら,「New!」のポップが貼られたザ・チェインスモーカーズのCDを見つけたのだ。
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これまでいくつかの記事で紹介してきたが,私はダンス・エレクトロ路線のアーティストも結構好きで,ケミカルブラザーズやアンダーワールドに関しては,ほぼ全てのディスコグラフィーを網羅している。
だけどクラブに出入りしていたわけではないし,DJの素養があるわけでもない(そんなこと言ってたら,そもそも音楽全般に関しても,楽器は一つもできないど素人なのだが)。
それなのに,このジャンルの音楽が好きなのは,一つはフジロックにおいて毎年行われていたDJセット「オールナイト・フジ」での経験が大きい。
数年前まであった最奥のステージ「オレンジコート」にて行われていたオールナイト・フジ。
深夜から朝までDJセットが続く。
野外ステージで夜空に舞うレーザー光線を目で追いながら,ジン・トニックを左手に,右手の人差し指と中指にラッキー・ストライクのメンソールを挟み,交互に口に入れながらひたすら踊りまくる。
野外のDJセットで踊る気持ちよさは,筆舌に尽くしがたい。
「全てを忘れて踊る」なんていう表現もたまに目にするけど,私はそれは嘘だと思う。
仕事やプライベートでの問題,様々なものを抱えて皆その場所に集まってくるのだ。
「どうやって解決しようかな」
「帰ったらあいつにどんな話しよう」
頭の中に浮かんでくる雑多な言葉が全て,夜中のレーザー光線に持って行かれて,頭の先から抜けていくような感覚。
そこに何もないからではなく,何かを抱えながら踊るから,ダンス・ミュージックは刹那的なのだと思う。
曲がスローダウンしたタイミングで,折り畳み椅子に座って休む。
頭の先から抜けて行って散り散りになった言葉を,一つ一つ集めるように。
ダンス・ミュージックの刹那的な高揚感というものは,そんなオールナイト・フジが原体験になっている。
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ザ・チェインスモーカーズの新作を聴いていたら,そんなオレンジ・コートでのオールナイト・フジを思い出す。
切なくて,ほんの少し回想に浸れるようなあの感覚。
私がダンス・ミュージックを聴くのは,そんな情景を思い出すからかもしれない。