音楽と服

音楽と服について好き勝手に語ります

音楽的ルーツと文体について考えたこと

小澤征爾さんと,音楽について話をする」という本を読んでいる。

 

タイトル通り,作家の村上春樹さんが世界的マエストロ・小澤征爾さんと数回に分けて対談した時のことを書き下ろしたというものだ。

 

 

両氏ともその道を究めた人。

小澤氏のプロとしての音楽との向き合い方,村上氏の作家としての音楽との向き合い方にそれぞれ重なる部分や異なる部分が見え隠れして,非常に興味深い。

 

対談の途中で「音楽と文章」というコラムが挟まれており,そこで村上氏が以下のようなことを書いていた。

 

僕は文章を書く方法というか,書き方みたいなのは誰にも教わらなかったし,特に勉強もしていません。で,何から書き方を学んだかというと,音楽から学んだんです。それで,いちばん何が大事かっていうと,リズムですよね。文章にリズムがないと,そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか・・・。機械のマニュアルブックって,読むのがわりに苦痛ですよね。あれがリズムのない文章のひとつの典型です。

 

「リズムのある文体」というのは,彼自身が以前から色々なところで書いている内容でもあるし,当ブログでも取り上げたことがある。

 

sisoa.hatenablog.com

 

だからというか,上のような発言は特に耳新しいものでもなかった。

 

村上氏は処女作の「風の歌を聴け」を執筆する際に,最初に書いた文体が気に入らなかったため,一度すべて英文で小説を書き直した後に,それらを直訳していくという形で執筆をし直したそうだ。

 

その時に完成させた文体が,不必要なものがそぎ落とされたものになっていて,本人の満足のいく出来だったそう。

それが,今に至る彼の独特な文体の基礎になっているということだ。

 

つまり,無駄なものをそぎ落とし,かつリズムある文章で読み手を次へと誘うような文体を,村上氏は追究し続けてきたということだ。

 

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ところで,対談の中で

 

「例えば夏目漱石なんかはどう?」

 

という小澤氏の問いに答えて,村上氏は以下のように語っている。

 

夏目漱石の文章はとても音楽的だと思います。すらすらと読めますね。今読んでも素晴らしい文章です。あの人の場合は西洋音楽というよりは,江戸時代の「語りもの」的なものの影響が大きいような気がしますが,でも耳はとっても良い人だと思います。漱石がどれくらい深く西洋音楽を聴いていたのか,ロンドンに留学していたから,きっとある程度は親しんでいたでしょうね。今度調べてみましょう。

小澤征爾さんと,音楽について話をする」小澤征爾×村上春樹

 

漱石の作品にリズムがあるとは思ったこともなかったが,明治の作家の中では口語体で読みやすい文体だなとは感じていた。

 

引用文の中で村上氏が,漱石西洋音楽にも通じていた可能性にも言及していたけど,実際はどうだったのだろう。

 

夏目漱石は確かにロンドン留学の経験があるけど,西洋音楽に親しんだという記録は見つけることができなかった。

或いは好きだったのかも知れないが,記録するまでもないと思われていたのか。

 

一つ確かなことは,漱石正岡子規らと俳句をつくる活動を続けていて,日本語の文体におけるリズム感は確かに身についていただろうということだ。

 

村上氏が,英文を基にジャズなどの西洋音楽のリズムで創り上げていった「輸入型」の文体を確立したのに対し,漱石は俳句など日本語がもともと持っていたリズム感を基に,「国産型」の文体を創り上げたといえるのかも知れない。

 

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ところで,「国産型」のリズムと言えば私が思い出すのは落語だ。

 

と言っても,私は落語はほとんど知らない。

 

知っているのは,数年前の大河「いだてん」で森山未來演じる噺家古今亭志ん生が演っていた「富久」くらいだ。

 

この「富久」を語っているときの森山未來の憑依っぷりもすごいのだが,リズム感が素晴らしくて,観ている方はついその世界に惹き込まれてしまった。

 

落語を基調としたドラマというコンセプトなだけあって,物語全体にダイナミックなリズム感があり(おそらく脚本家の宮藤官九郎もそのあたりは意識していたはずだ),世間の不評はともかく私の中では大河史上最も好きな作品となった。


まだ観たことがない方は,森山未來の語りの部分だけでも是非観ていただきたい。

本当に圧巻なのですよ(残念ながら下の予告編の中には登場していませんが)。


このような文化が「国産型」文体を形成 していったと想定すると,なかなか粋なもんだと思ってしまう。



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常々思うのだけど,文章を書くときって,いつも内容から入ってしまうが,自分が書こうとする内容をどんな文体で伝えるかも結構重要なことではないだろうか。


それはブログを書くときにも通じること。


そして,私が購読させてもらっているブロガーさんの中にも,リズム感のある記事を書く方が多いなということにも最近気づいた。


偉そうなことを書いておきながら,私自身は全然自分の文体を確立できておらず行ったり来たりしているので,これからも勉強ですね。


ではでは。