「ブルース」でつながるジャック・ホワイト~ザ・ローリング・ストーンズ
8月になってからずっと,ジャック・ホワイトが今年になってリリースした二枚のアルバムを聴いている。
ジャック自身も語っていたが,この二枚の作品は対になっている。
最初に出た「Fear of the Dawn」 では激しいギター・リフをかき鳴らしていて,後に出た「Entering Heaven Alive」ではレイドバックしたアコースティックで穏やかなサウンドが前面に出ている。
どちらも素晴らしい作品であるのは言うまでもないのだが,今のところは「Entering Heaven Alive」のほうがお気に入りである。
ルーツを掘り下げるのがテーマの一つであるという本作は,「愛と死」が主題だ。
これまで語りつくされてきたであろう「愛と死」について,10代の子どもを育てる親としてジャック自身が考えていることがアイデアの源泉となっているそうだ。
彼はインタビューで今回のアルバム制作について以下のように語っている。
「僕は,いかにこれまでなかった方法で音を出せるのかだけを探求している。自分の頭の中で鳴っている音をいかに形にすればいいのかだけを探求しているんだ。」
(中略)
●プリンスが,あなたにくれたアドバイスが完璧だと思いました。
「そうなんだよね。プリンスに,『君のギターの弾き方について誰にもアドバイスをさせるな』って言われたんだ。『ジャック,自分のギターを弾くんだ』ってね。
語り:ジャック・ホワイト「rockin'on2022.8」
このくだりを読んでいると,ジャック・ホワイトという人物には,まず伝えたい感情なり物語なりが自分の中でしっかりと醸成されていて,頭の中で鳴っている音をリアルに鳴らすために試行錯誤を繰り返している様子が想像できる。
それにしても,プリンスに「ギターの弾き方について誰にもアドバイスをさせるな」と言わしめるとは,如何にジャックが「オリジナル」な存在としてロック・レジェンドに認められていたのかを物語るエピソードだ。
なぜブルースなのか?
ところで,ジャックの音楽的ルーツは「ブルース」だ。
彼はホワイト・ストライプスとしてデビューしてから,一貫してブルースを鳴らしてきた。
その理由として,「ロッキング・オン」では以下のように推察している。
ホワイト・ストライプスの音楽が何故ブルースなのかといえば,ジャックがブルースにおいて最も感情を爆発させられるからであり,何故メンバーが二人だけなのかといえば,この構成がジャックの感情の爆発を最も鮮烈に伝え得るからなのである。
text by 山崎洋一郎「rockin'on2006.2」
確かに,二人編成のホワイト・ストライプスが鳴らす音は荒々しく,そこに乗るジャックの歌声は稲妻のように激しく鳴り響く。
ただ,このテキストが書かれたのは2006年のこと。
2022年の私たちは,ジャックのその後のソロ・キャリアにおける歩みを目撃している。
ホワイト・ストライプスですら,彼の表現方法の一形態に過ぎなかったことを知っている。
ところで,ジャックの音楽的ルーツである「ブルース」について国語辞典で調べてみると,以下のような記述があった。
ブルース【blues】
アメリカ南部の黒人たちの間に生まれた四分の四拍子の歌曲。ブルーノート音階(=三度・七度の音がほぼ半音下がる音階)とブルース和音で,不運・悲哀・苦悩などを題材にした三行詩を歌う。ジャズを生む母体の一つとのなった。ブルーズ。
「アメリカ南部の黒人たちの間に生まれた」音楽ということは,これは奴隷として連れてこられた人々の子孫が,その「不運・悲哀・苦悩」を歌った音楽ということになる。
つまり,ブルースに流れる源流は「悲しみ」だ。
確かに,ジャック・ホワイトのつくる作品には,いつも一抹の「悲しみ」というか,孤独感のようなものを内在している。
そういう孤独が,彼の歌声だけでなく,ギターの音にも表れている。
ジャック・ホワイトはギターで歌っているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ザ・ローリング・ストーンズのルーツも,ブルースだった
先日,ザ・ローリング・ストーンズのドラマー,故チャーリー・ワッツについての記事を書いた際に「チャーリー・ワッツ論」という本を読んでいたが,この本で何度も言及されていたのが,ストーンズとブルースとの関係だ。
ストーンズのメンバーは,以前から自分たちのルーツはブルースだと公言してきた。
その証拠に,チャーリーの生前最後にスタジオ録音された作品は,ブルースのカバーアルバムだった。
「Blue & Lonesome」と名付けられたそのアルバムには,彼らの敬愛するブルースマンたち(リトル・ウォルターら)の50年代~60年代のブルースナンバーのカバーが収録されている。
特筆すべきは,いつもはスタジオ録音には十分な時間をかけるストーンズが,このカバーアルバムではたったの三日間でレコーディングを終えたという事実。
ミック曰く
「僕らは,ブルースのミュージシャンや彼らがプレイする音楽へのリスペクトや愛を失ったことは一度もない。誠心誠意,ひたむきに向き合ったから,3日間以上続けることはできなかっただろう。」
とのこと。
彼が話すように,収録された曲を聴いていくと,50年以上のキャリアをもつ男たちの作品とは思えないほどの,初期衝動と熱量に溢れた曲で吹き飛ばされそうになる。
特に一曲目の「ジャスト・ユア・フール」は鮮烈だ。
歌い出しの30秒くらいまででいいので,是非聴いて頂きたいと思う。
イントロのハーモニカ,ブギウギして跳ねまくるリズム・ギターとドラム,全てがブチ切れている。
ストーンズについて語るときに,その年齢を引き合いに出すことはナンセンスだが,この音を70過ぎの老人たちが鳴らしているとは驚きを通り越して最早詐欺ではないかとすら思ってしまう。
ブルースって,こんなに激しくって,切ないんだぜ。
このアルバム「Blue & Lonesome」のライナーノーツには,ストーンズの各メンバーのブルースへの思いが綴られている。
ミック「収録曲にはすべてオリジナルの奏者がいる。我々は彼らへの敬意を込めつつ,ブルースを前進させ,新しい世代のすべてのファンに紹介できればいいと思っている。
キース「ブルースがわからないなら・・・ギターを手にして,ロックンロールや他のポップ・ミュージックをやる意味がないぜ。
チャーリー「技術の問題じゃない。感情の問題だ。その感情を捉えるのが何よりも難しいんだ。」
The Rolling Stones「Blue & Lonesome」ライナーノーツより引用
ストーンズの楽曲には,独特の響きというか,粘っこさがある。
特に歴史的名盤を立て続けにリリースした70年代の作品からは,ドラッグや死の匂いがぷんぷんする。
陽の当たるところには,必ず陰ができる。
彼らの曲には陰の部分が多かったが,だからこそ多くの人々を魅了した。
何故なら,彼らは「陰」を表現する術を心得ていたからだ。
多分,彼らの頭の中にも鳴らしたい音が流れていて,それを実際に表現できればよかった。
チャーリーも語っているように「感情の問題」なのだ。
それを自分たちのものにするのが難しかったかも知れないが,彼らには少しルーズだが誰よりもブルースを信仰するギタリストと,有能なリズム隊,そして賢いボーカリストがいた。
この男たちが,長いキャリアの果ての最終局面で鳴らしたのが,感情の塊となって迫ってくるブルース・ナンバーだったのは必然だったのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新旧のブルース・マンは邂逅していた
ところで,先述のジャック・ホワイト,実はストーンズと共演している。
2006年に行われたザ・ローリング・ストーンズのビーコン・シアターでのコンサートで,ゲストとして出てきたジャックは,ミックと一緒に「ラヴィング・カップ」を歌ったのだ。
この当時ジャックはまだ30歳そこそこで,傍目からも緊張しているのが明らかなのだが,ストーンズもジャックのブルース・マンとしての実力を買っての起用だったことは想像に難くない。
「ブルースがわからないなら,ギターを手にして,ロックンロールや他のポップ・ミュージックをやる意味がないぜ。」:キース
見方を変えれば,「悲しみ」を理解しようとすることが,ロックンロールなりポップ・ミュージックで表現するときの感情の根源となる。
キースは,そんなことを言いたかったのではないだろうか。
ブルースに脈々と流れ続ける「不運・悲哀・苦悩」などの感情が含まれないポップ・ミュージックって,ずいぶん退屈なものではないかなあ・・・。
ジャック・ホワイトやザ・ローリング・ストーンズの「ブルース」アルバムを聴きながら,そんなことを考えていました。